――ここが地上の楽園として。        ――そこに住まう者達が天使だったとして。          それほどまでにこの世界は、          善意に溢れたものなのかと問う。         きっと、肯定で返すべきだろう。        住む場所があって、食べるものがあって。         友人がいて、喜怒哀楽があって。        何不自由なく毎日を送ることが出来る。         これこそが幸福だと思うし。        その幸福がある場所こそ、楽園だと思う。           この島は楽園だ――  「――ん…………」 教室の喧騒で目が醒めた。 「やばい……寝てた……」 気が付けば熟睡。 いつから寝てたんだっけ……。 「三限の数学から、もうお前の意識はなかった」 だそうだ。 「三限からって事は……今は四限前の休み時間か」 「昼休みだよ! ほら、起きて起きて」 「ごっはん♪ ごっはん♪」 「げ……四限全落ちか……!」 参ったな。居眠りのレベルじゃないくらいガッツリ眠ってたらしい。 「うへぇ……なんだか一日を無駄にしてる気がする」 「ふふっ……那由太君はあれかな? 夜更かしし過ぎちゃったのかな?」 「昨日の晩……えっと……何やってたっけ……? 全然思い出せない……」 というか、頭がまだちゃんと覚醒してない感じだ。 「年頃の男の子だもんねぇ。夜は長いよねぇ。 仕方ないよねぇ」 「官能小説ならいいの貸すぞ?」 「ほら男共! 下ネタ禁止! 席くっ付けるよ」 チャキチャキ動く筮に従って、食事のために席を移動させる。 猶猶の席も用意したところで―― 「――大ニュースですよー!」 勢いよくそいつが登場した。 「大ニュース大ニュース! 聞いてくださいっ!」 「ん? どしたん?」 「な、なななな……なんとなんとなんと…………!」 「明日、転入生が来るみたいなんですーーーーっっ!! ぱららぱっぱぱ~~~っっ♪」 「寝起きなんだからあんまうるさくしないでくれ……」 「転入生かぁ……なんだか珍しいね」 「確かに。初めてかも」 「十年ぶりくらいらしいですよ! すごいですよね!?」 「孤島だからな、ここは」 「先輩の学年の子らしいです。 女の子だって噂ですけど……」 「たりたりちゃん、なんでそんなに詳しいの?」 「猶は事情通ですから!」 「どうせ先生の会話を盗み聞きしたんだろ」 「それでですね、猶考えたんですけど……」 「みんなで転入生の歓迎会を するってのはどうでしょー!?」 「歓……迎……会……?」 「そうです、歓っ迎っ会っ! ぱららぱっぱぱ~~~っっ♪」 満面のドヤ顔。ああ、もう止まらないパターンだ。 「いいアイデアかもしれないけど……。 いきなりそんな事して、転入生の子 びっくりしちゃわないかな……」 「でもでも、きっと喜んでくれると思います!」 「まあ、嫌がったりはしないと思うけど……」 でも、猶猶みたいなハイテンションを圧し付けられたらさすがに厳しいだろうな。内気な子だったら特に。 「今日の放課後、教室を飾りつけして…… パーティーみたいにするんです!」 「えっ!? 教室でやるの!?」 「面白そうじゃん!」 「ですよね、筮先輩っ!」 「で、でも……先生に怒られちゃうんじゃ……」 「そこを今からどうにかするんです! って事で、職員室へゴー!」 「ゴー!」 筮が陥落した! 「だ、大丈夫かな……二人とも……」 「………………」 「……どこへ?」 「買い弁」 「弁当持ってこなかったのか」 「ついでにちょっとそこら辺歩いてくる」 眠気覚ましの気分転換。 眠って時間を無駄にした分、挽回しなくては。 「……那由太君、楽しい事好きだもんね」 「ゆっふぃんや。楽しい事を嫌いなヤツなんて いないもんだよ」 「それもそっか」 「さてと…………」 どこへ行こうか。 屋上へやって来た。 俺達が通う“EDEN”は、生徒の自主性を重んじる校風のせいか、屋上は常に解放されている。 昼休み。そこで昼食を摂る生徒もいて―― この二人もそうらしい。 「あら、期招来。おはよう」 「ぐ……お、おはよう」 居眠り、そんな目立ってたのかな。 「期招来君もここでお昼ご飯?」 「いや。ただの散歩だよ。 二人は相変わらずいつも一緒だな」 「仲良し姉妹ですから」 「つつじ子ってば私がいないとなーんにも 出来ないんだから。放っておけないのよ」 「えへへ……感謝してるよ、お姉ちゃん」 世話焼きの姉・あざみ子と、甘えん坊の妹・つつじ子。 あざみ子は恥ずかしがらずに妹を大切にしているし、つつじ子は姉の過度な面倒見を煩わしく思ったりしない。 さすが双子の姉妹。いいコンビだ。 「転入生が来るって噂だぞ」 「EDENに? 珍しいわね……」 「俺達と同じ学年だそうだ。ちなみに女子」 「うちのクラスに来るのかしら……」 「さぁ……」 「あ、それ私の玉子焼き!」 「もぐもぐ……しょっぱい系だな、美味い美味い」 「ちょっとおバカ! 何してんのよぉ!」 「もぐもぐ……ごくん。 んで、歓迎会をするって話になってるんだけど……」 「期招来君、食べる時はちゃんと挨拶しないと ダメなんだよ?」 「ん? ああ、ごちそうさまでした」 事後報告の挨拶。 「コートゥリーヌレータルシァ・サバト・リフォシェス、 だよっ」 「はあ? なんだそりゃ」 「うう……せっかくの自信作だったのにぃ……! バカきま! バカ那由太! おバカおバカおバカ!」 「ま、まぁまぁ……お姉ちゃん、落ち着いて。 私のあげるから……はい、あーん……」 「うう……あ、あーん……はむ。んぐんぐ……」 「……二人はどうする?」 「歓迎会だよね? 私は協力するよー! ……お姉ちゃん、私の玉子焼き美味しい?」 「……ごくん。う、うん……甘くて美味しい……。 ありがと、つつじ子」 「……あざみ子はどうだ?」 「ふんっ!」 「はい、もう一個。あーん……」 「ぱく……ん、んふぅ……もふもふ」 「……あざみ子は?」 「……手伝うわよ」 ……本当にいいコンビだな。 「それじゃあ今日の放課後に準備な。よろしく」 「わかったよ。楽しみだね、お姉ちゃん!」 「う、うん……そうね」 あざみ子がつつじ子を面倒見てるように思えるが、案外その逆なのかもしれないな。 「――覚えてなさいよ、期招来! 玉子焼き一個分貸しなんだから!」 「へいへい……」 音楽室の前までやって来た。 「せっかくだし……三人娘の様子でも見てみるか」 「――おんや」 「おう」 案の定、三人は一塊になって弁当を食べていた。 「なになにー? どったのー? もしかしてお弁当忘れて恵んでもらいに来たとか?」 「さすが晦。察しが良いな」 「ふふっ、それじゃあわたしの唐揚げ一つあげる」 「おお! 助かる!」 「もぐもぐ……」 うん、美味い。 「期招来君、お腹空いてるでしょ? 起き抜けだもんね」 「げ、まころにもバレてたのか」 「私の席にも寝息が聞こえて来てたわよ」 それは恥ずかしいな……。 「これから昼練か?」 「うん。楽園祭に向けて頑張らないと」 「でもまだ何やるかすら決めてないんだけどねー」 「三人で合唱するのもねぇ……」 確かにそれは寂しいな。まあ、合唱部なのに部員がたった三人という時点でそもそも問題なわけだが。 「期招来君、部活入ってないよね? いっちょやってみるかい?」 「あ! それいいかも! 男声があると、選曲の幅も広がるし!」 「無理無理。みそ。期招来に音楽やるような 芸術性があると思う?」 「無い! ごめん期招来君。退部してくれー!」 「………………」 入部する前にお断り喰らったが、小鳥の言う事ももっともだし、何より入部するつもりなんて無いので良しとしよう。 「転入生が来るんだってよ」 「転入生? うちに?」 「ああ。明日」 「島外からって事?」 「じゃないかな? よく知らないけど」 「へぇ……珍しいね」 「で、今日の放課後歓迎会の準備をするんだと。 三人もどうだ?」 「放課後かぁ……部活終わってからなら、まあ」 「それでいいよ。教室集合な」 三人の協力を得たところで、踵を返す。 部屋を出ようとした時―― 「――期招来君」 「ん?」 「……入部したくなったらいつでも言ってね」 「………………」 「……唐揚げありがとな」 廊下を歩いていると―― 「おいこら期招来てめえ!」 クラスメイトの飯槻メガに呼び止められた。 「……なんだよ」 「てめえ授業中ぐーすか寝やがって! 不良か!? 不良になったつもりか!?」 「いや、そんなつもりは」 「超不良の俺を差し置いて何様のつもりだこら! 不良勝負すっかこら! いつでもやったるぞこら!」 苦手なんだよな、こいつ。なにせ面倒臭い。 「あらー……お二人とも。 こんなところで何してるのかしら」 「このお声は…………!!」 「彬白先輩」 「はい、那由太君。飴ちゃん差し上げます」 「あ、ども」 「メガ君にも。はい、あーん……」 「あ、あーん…………」 「――そう言えば……那由太君。 転入生の噂はもう聞きました?」 「あ、あれ……? 夜々萌さん……? 飴は……?」 「はい。聞きました。なんか明日来るみたいですね」 「女の子ですって。可愛い後輩ちゃんだといいですわね♪」 「あ、あーん……。ほら、夜々萌さん……。 あーんしてますよ、俺……」 「そうそう。それで、歓迎会をしようって話になって」 「あら、素敵! 私もお手伝いしたいですわ!」 「ええ、是非」 「メガ君も一緒にどうですか?」 「はい! もちろんッス!」 従順すぎるぜメガ……! 「じゃあ放課後うちの教室に来てください」 「はーい、わかりましたっ♪」 「おい期招来! 不良の頂点決めは次回に持ち越しだ! 覚悟しておけよこら」 「メガ君、あーん……」 「は、はひっ! あーん…………」 「彬白先輩、そんじゃまた」 「ええ。また放課後に」 「あー…………ん…………」 一人虚しく口を開け続けるメガの姿に一定の情緒を感じながら、俺はその場を後にした。 校庭に出た。 「……ふう。今日こんないい天気だったっけ」 随分晴れている。そのせいか外で昼飯を食べてる生徒も大勢見受けられる。 そんな生徒達の中に、見知った顔が二人。 「あ、那由太くーん!」 周囲の目を気にせずに、手をぶんぶん振って俺を呼び止める少女と、後ろで遠慮気味に佇むメイド。 「期招来さんもお外でご飯ですか?」 「いや、気分転換だよ」 「そうなんだ。せっかくだし一緒にご飯食べようよー」 「手ぶらだから」 天美は人懐っこい。警戒心が無いというか……。男女分け隔てなく仲良く出来る明るい少女だ。 「ねえフーカ。なんかないかな?」 「ではワタシのおにぎりをお一つ……」 「え!? いいの!? 主食じゃん!」 「ええ、構いません。元々お嬢様のお弁当から すでに一つ拝借したものですので」 「え……? あ、ホントだ! 今日の私のお弁当、 おにぎりいつもより一個少ない!」 「ふっふっふっ……今になって気付くとは、 お嬢様もまだまだですね」 「もうっ! フーカってば、なんで私のおにぎり 取っちゃうのー!?」 「お嬢様。昨夜寝る前にゴリゴリ君食べてましたよね?」 「――ぎくぅ!」 「寝る前のお夜食は禁止のはずでしたよね?」 「そ、それは…………」 「アイスは一日一本って約束でしたよね? お嬢様は昨日お風呂上がりにすでに一本 食べていたはずですよね?」 「だ、だって……コンポタ味のアイスってどんなもんか どうしても気になって……」 「…………太りますよ?」 「ガビーーーンっ!!」 「……つまりこれは罰なのです。という事で期招来さん。 どうぞお食べください」 「ど、どうも……」 差し出されたおにぎりを受け取る。 「うう……食べ盛り、伸び盛りの私の身体が…… フーカの意地悪で衰退していくよぉ……」 「意地悪じゃありません。お嬢様の栄養管理や 忍耐力育成もメイドの大事なお仕事です。 決して意地悪なんかじゃないのです」 「ひーん、フーカが教育ママモードだよー!」 などと言いながら、おにぎりを頬張る俺に向けて恨めしそうな視線を送る天美。 ちょっと気まずいので、話題を変えよう。 「二人とも、今日の放課後空いてるか?」 「放課後……? 空いてるけど……どしたの急に?」 「明日転入生が来るんだと。 で、その歓迎会の準備をするらしい」 「転入生ですか……! EDENでは珍しい事です。 島の外からいらっしゃる方なのでしょうか……」 「わかんないけど、とにかくオッケーだよね!? 私達も協力しようよ、フーカ!」 「ええ、もちろんです」 「決まりだな。それじゃあ放課後よろしく」 「うんっ!」 天美はおにぎりを喪失した事などすっかり忘れて楽しそうな表情を浮かべている。 見ているとこっちまで楽しくなってしまうような笑顔を受けながら、俺は残りのおにぎりを全て口に含んでその場を立ち去った。 昼休みはどこも生徒で賑わっているが、ここは例外だ。 せっかくの休み時間に、こんな何もないところに来る物好きなんていないのだ。 とはいえ、俺の知る限り一人例外がいて―― 「――こらーーーっ! 何やっとんじゃそこーーーっ!!」 「――ひゃうっ!?」 「こ、ここ、これはその……ち、違くて……えっと……!」 「なーんてね」 「……ってなんだ期招来じゃんか……」 「いいリアクション。ごちそう様でした」 「大声出さないでよ……先生かと思ったじゃんか」 「お前、よくここにいるよな」 「……だって教室うるさいんだもん」 騒がしい教室を抜け出してここでこいつが人知れずやっている事といったら―― 「今のでタバコ落ちちゃったんだな」 「うう、そうだよぅ……期招来が脅かすから……。 まだ咥えたばっかだったのにぃ」 「どうだ? 悪ぶれてるか?」 「うるさいな……ほっといてよ」 不良を目指して今日も特訓中の霍。 誰に見せつけるわけでもなく、ひっそりとアウトローの背徳感に浸る不器用な少女だ。 「もし俺が教師だったら大事になってたな。 隠すなら落としたタバコを踏み潰すとこまでやらないと」 「あう……ダメ出しされたぁ……」 そして弄り甲斐のあるヘタレ少女でもある。 「……期招来、今日ずっと寝てたでしょ」 「気付いたら居眠りしてた」 「不良みたいだった。あんたもワルなの?」 「い、いや……そのつもりはないけど」 「真似しようと思ってあたしも頑張って 授業中に寝ようとしたんだけどさ……」 「ふへへ、全然寝れなかったよぉ……」 何がおかしいのか、ふにゃっと笑ってそう語る霍から、まったく悪人の素養が感じられない。 「昨日何時に寝たわけ?」 「夜の9時」 むしろこのご時世で、稀に見るいい子だな。 「……んしょ」 「何やってんの?」 「さっき落としたタバコ。ゴミ箱に捨てないと」 根がもう不良に向いてないんだよこいつは。 「ポイ捨てしたままの方が悪って感じがするぞ?」 「あ……そ、そっか。そうだよね」 「もう一本ある?」 「ん、あるよ」 「よし。じゃあタバコ咥えて、吸って、ポイ捨て。 一連の悪行をやってみろ」 「う、うん」 慣れない手つきでタバコを取り出す霍。 尖らせた唇に先端が触れようとしたその時―― 「――よっ」 ひょい、と無防備な手元から“それ”を取り上げ―― 「――むしゃむしゃむしゃ」 包みを剥がしてポリポリと齧った。 「ああ! ちょ、何すんのぉ!?」 「もぐもぐ……意外とビターなんだな」 「ラスイチだったのにぃ……!」 嘆く霍を尻目に、先ほど霍が落とした一本のシガレットチョコを拾い上げる。 「……食う? 包みのままだから、汚くないと思うけど」 「……ん」 涙目の霍は、幼子のようにコクンと首を縦に振って、シガレットチョコを受け取った。 「……ぽりぽり」 細長いチョコレート菓子を両手で握り小刻みに歯で砕くその姿は、まるでハムスターのよう。 「明日うちに転入生が来るって話知ってるか?」 「ふぇ!? そうなの!?」 「放課後、歓迎会の準備をするんだ」 「あたしがここで一番のワルだって 新入りに教えてあげないと……」 「お前人見知りだもんな。いつも一人だし。 そいつと仲良くなれるといいな」 「えっと……第一印象で不良だって思われるためには…… えっと……えっと……」 「放課後の準備、お前強制参加な」 「にゃ、にゃんで~~っ!?」 まったく迫力の無い反論を背中に受けながら、俺は校舎裏を後にした―― 「……コンビニにでも行くかー」 昼食を求めて、足の向くままふらふらと歩く。 「――お」 校門のところで、見知った顔を見つけた。 「……よう」 「あら、期招来君。 もしかしてお出迎えに来てくれたのかしら?」 「コンビニに行くんだよ」 黒蝶沼志依、堂々の午後出勤。 「今日は午後からか?」 「ええ。今朝は病院に寄っていたのよ」 志依は生まれつき足が悪い。 どういう病気か詳しくは知らないが、常に車椅子で生活している。俺が知る限り彼女が車椅子を降りているところを見た事が無い。 それゆえ登下校も不定期で、足の検査で丸一日休む時もあれば今日のように遅刻してくる時もある。 それについて教師は何も言わない。まさに“特別扱い”なのだ。 「今日の四限は……英語だったわよね? 何か課題は出たかしら?」 「いや、出てないよ」 「嘘。ぐっすり寝てたくせに」 「ぐっ……なぜそれを……!」 「くふふふっ! 期招来君、とってもわかりやすいから」 寝癖でも付いてるのかな……。 「そういやビッグニュースがあってな。 明日うちに転入生が来るらしいんだ」 「ええ。知ってるわよ」 「えっ!? なんで!?」 「くふふ……」 またそうやって笑って誤魔化す。 志依はなぜか色々詳しい。 というか、志依は妙に察しが良いんだ。隠し事が出来ないというか……人の心を見抜き過ぎるというか……。 さっき志依は俺の事を“とってもわかりやすい”と言った。 しかし、それは何も俺だけに限った事じゃない。 志依は誰を前にしても、冷静に相手の心理を見破ってしまう。 心の機微を追求し、言葉の裏を掌握し、本心の核に易々と至る。 端的に言えば、エスパーなのだ。 「歓迎会をしようって話があって。 放課後にその準備をするんだけど……」 「お邪魔じゃ無ければ、私も手伝わせていただくわ」 とまあこの通り。話が早くて助かるのである。 「……そうそう。これ……期招来君にあげる」 「これは……」 ……クッキー? 「病院で、看護婦さんからお見舞いにってもらったの。 でも私、お昼ご飯もう食べちゃってて……」 「……後で食べればいいんじゃないか?」 「……お腹空いてるんでしょ?」 すごいな。そこまでわかるのか。 「……有難くいただきます」 志依と一緒にいると、このようにいつの間にか彼女のペースに巻き込まれてしまう。 そうなったら抵抗は無意味だ。下手に意地を張らず、受け入れるのみ。 「教室まで送ろう」 「いいの? コンビニに行くんじゃなかったのかしら?」 「……分かってると思うけど、 たった今その用事はなくなった」 「そう……だったらお願いするわ」 車椅子の後ろに立って、持ち手を握る。 志依の足の事情は皆知っているから、こうして彼女を見かけたら移動を手伝ってあげるのが暗黙のマナーだ。 車椅子は自立型なので、志依一人でも問題無く動かせるらしいのだが。特に用事もないし、俺も中に戻るつもりだし。 「じゃあ行くか」 安全な道を選びながら、ゆっくりと前進させて教室へと向かう。 「……いい天気ね、今日は」 「ああ、そうだな」 その一言だけの会話をもって、教室までの道のりの間お互い何も言葉を交わさなかった。 しかし、俺にとってそのひと時はどこか穏やかで落ち着いた時間となった。 ――放課後。 「……こんなもんで大丈夫かな」 ビニール袋の中身を今一度確認。 まあ、問題ないだろう。足りなくなったらまた買い足せばいいし。 昼食代が浮いたお礼だ。それくらいはしないとな。 「――よしっ!」 少しだけ気合いを入れて、教室の扉を開く―― 「あ、ほらつつじ子! こっちの花飾りは白にしないと」 「え……? あ、ホントだ! えへへ……失敗失敗」 「んー……この色紙、もうちょっとこっちにした方が いいのかな……」 「筮さん。それでしたらこの色に変えたらいかがでしょう? そちらの方が綺麗に見えるかもしれません」 「あ、夜々萌先輩、助かりますー。 あたしこういうの苦手で……」 「あーメンドくせー。なんで俺がこんな事……」 「こら飯槻! 口より手動かす!」 「ぐっ……てめえ四十九……俺にそんな口利いてると――」 「メガ君、こちらを持ってくださいませんか?」 「はい夜々萌さんー!」 「………………」 なんだかものすごく賑やかだ。 「ねえ、見て見て。ほら、うさぎさん!」 「まこちー、やっぱ絵上手だねー!」 「みそ、あんたそれ何よ?」 「パンダー!」 「どこがよ……」 「んー……こんなもんかなぁ。どう思う、フーカ?」 「ええ、綺麗に出来ていると思います。 ですが、“迎”の字が間違っています」 「ええっ!?」 「正しくはこうですね」 「おお!」 「まだまだですね、お嬢様。 明日から毎日漢字ドリルを――」 「もうっ! 教育ママモードは止めてってばぁ!」 「んしょ……んしょ……ここをノリで……ぺたぺた……」 「叶深さん。それは表面よ。ノリを塗るのは裏面」 「ひゃうっ……! 黒蝶沼志依……! またあたしに嫌味言いに来たのぉ……!?」 「そんなに睨まないで。 ほら、この紙はすべすべしている方が表よ」 「あう……間違えたぁ……!」 「落ち込む必要は無いわ。紙はまだあるもの。 さあ、私も手伝うから一緒にやり直しましょう」 「手伝ってくれんの……?」 「ええ。こういう時ですもの。一時休戦よ。 喧嘩は止めて仲良くしましょう」 「う、うん……。仲良く……する…………」 「くふふ……本当に素直で可愛い子……。 何より……すごく扱いやすい……」 「……なんか言った?」 「いいえ。さあまずはこの紙を折りましょう」 「……………………」 ふと、この光景がなんだか遠い世界のように思えた。 優しさと幸せに満ちている、温かな空間。 なぜか、圧倒されてしまう。 足に根が張ってしまうくらいに動けない。 この温かさが……永遠に続けばいいのに―― 「あ、那由太君! おかえりー!」 「色紙あったか?」 「ああ。商店街の文房具屋まで行ってきた」 「いい判断だ。ご苦労ご苦労」 「これでこちらの飾りつけが出来ますわね」 「つーか、教室こんなにしていいのかよ? ちゃんと先公に許可とってんのか?」 「不良のくせに何常識的な事言ってんのよ」 「う、うるせえ! 俺はただ面倒な事にならないように……」 「大丈夫ですよー! ちゃんと先生に許可もらってますから!」 「転入先はうちのクラスで間違いないんだよね?」 「それもばっちり確認してありますよー、姫市先輩!」 「明日……うちのクラスに新しい女の子が 入るんだよね……楽しみだな……」 「合唱部に誘ってみようねー!」 「興味持ってくれるといいけど……」 「クラスの皆と仲良くなれるといいわね」 「うん。ああ……早く明日が来ないかな~……」 「………………」 「……那由太。どうかしたか?」 「え……? いや、別に……」 「なんだかボーっとしてるわよ」 「そう……かな……」 「那由太君、眠そう」 「授業中にあれだけ寝てたのに……! まだ寝足りないなんて……!」 「い、いや……眠いんじゃなくて……」 「……………………」 「……なんか……こういうのって、いいな……って」 久しく忘れていた気がする。 この心地良さ。いつまでも浸っていたい。 ここには友人がいて、喜怒哀楽があって。 無数の善意が溢れている。 だから、ここは―― 楽園なんだ―― 「ん………………」 あ……れ……? 目を開けると、そこには誰もいなかった。 「皆……どこ行っちゃったんだ……?」 確か……歓迎会の準備をしていて……。ボーっとして……目閉じて……。 「もしかして……本当に眠っちゃったのか……?」 前後の記憶が覚束ない。あれからどうしたんだっけ……。 誰もいないって事は、皆もう帰ってしまったのだろうか。 「寝ちゃったにしても……帰る前に誰か 声かけてくれればいいのに……」 物音一つしない。 人の気配が消失している。 いや……。 僅かに、誰かの気配を感じる。 不思議な息遣い。空虚な異物感。 その存在が、はっきりと形を成し―― 「――っ!」 何かが思考の中で弾けた。 「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」 なんだったんだ。さっきの焦燥感は……! 「はあ…………はあ…………はあ…………はあ…………」 「はあ………………はあ………………」 「……………………」 「…………え」 間違いなく、さっきまでは無かった。 こんな異質なもの、最初からあったのならすぐに気付くに決まってる。    「箱…………?」 真っ黒な箱。 材質はその見た目から判断出来ないが……かなり硬そうだ。その不気味な光沢から、ある程度の精緻が窺える。         「…………………………」 一度その存在に気付いてしまってから、視線が箱から外れない。 場違いにもほどがある。誰が何の意図でこんなものをここに置いたのだろう。 日常の象徴ともいえるこの教室の風景に、決して交わる事の無いこの小さな箱に、俺は静かに戦慄を蓄えている。   「………………」 そして、その恐怖心は自我を壊し、正しい思考回路を分解していく。 手を、伸ばしてしまう。箱に。 触れるべきではないと理性が警鐘しているにもかかわらず、まるで誰かに操られているかのように腕が箱に向かってしまう。 開くのだろうか。開けていいのだろうか。 中に――何が入っているのだろうか――   「…………」 箱に触れ、蓋に手をかけてみると――  驚くほど簡単に、その箱は開いた。 同時に――                「――ぐっ!?」 脳内に電流が走った。 激しい衝撃。鋭いスパークがけたたましい爆音を上げて脳内を、全身を駆け巡っている。 一瞬のその苦痛に我を失い、ぎゅっと目を閉ざしてしまう。 そののち、ゆっくりと目を開けると――     「――%113;#00ff0000;ぁ%r」 ガラス細工か何かかと思った。 だって、まさか本物のはずがない。 でもそれは、あまりにも精巧で―― そして、その力強い視線と目が合ってしまったから―― %113;#00ff0000;「うわああああああああああああああああああああああ あああああああああああああああああああっっ!!!」           ――ここが地上の楽園として。        ――そこに住まう者達が天使だったとして。           それほどまでにこの世界は、         善意に溢れたものなのかと問う。          きっと、肯定で返すべきだろう。        住む場所があって、食べるものがあって。          友人がいて、喜怒哀楽があって。        何不自由なく毎日を送ることが出来る。          これこそが幸福だと思うし。        その幸福がある場所こそ、楽園だと思う。             この島は楽園だ――  「あー……かったる」 メガが文句を言いながら、片付けに参加している。 「メガ君、そうおっしゃらずにあと少しですから、 頑張りましょうね」 彬白先輩がそんなメガをなだめると、いつものようにメガはふにゃふにゃになってその言葉に従うのだった。 「歓迎会、大成功でしたね!」 「そうね! 喜んでくれたみたいで良かったよ!」 「でも……転入先でいきなりあんな派手に 歓迎されたら……私なら驚いちゃうかも」 「まあ……ちょっとやり過ぎたかもね」 「でも、最初はあれくらいが丁度いいのかも! インパクトが大事だもんね!」 「変な人達って思われてなければいいんですけど……」 「歌も歌えたし! 合唱部の宣伝もちゃんと出来たよー!」 「そうね。興味持ってくれたみたいだし……。 もしかしたら、ついに三人目の部員が誕生するのかも」 「皆でこうして歓迎会の準備したり、 片付けしたりするのって、なんだか楽しいね」 「それももうすぐ終わりだがな……」 そう。もう終わり。 今朝無事転入生を迎え、歓迎会は成功した。 この華やかな飾りつけも、もう役目を終えたのだ。こうして片付けなくてはいけない。 「……楽しい時間はあっという間ね」 「飾り付けられた教室……非日常な感じで なんだか好きだったんだけどな」 「あたしは……別に」 「素直じゃないなあ、霍ちゃんはぁ! にわかわいいんだからぁ!」 「うう、何それぇ……」 「にわかわ~、にわかわ~!」 「ば、バカジャンバカじゃんっ! 変な風に略すなよぅ~!」 祭りの片付けは、どこか切ない。 その祭りが楽しかったなら、なおさらだ。 充実した時間を思い出しながら―― 俺達は歓迎会の片付けを終えたのだった―― 朝。 いつものように通学路を歩いて、EDENへと向かう。 周りには自分と同じように登校する人影が幾つも。 「…………ん?」 その中に他の人とは明らかに異なる、とりわけ目立った輪郭を見つけた。 「あら期招来君。おはよう」 「よう志依。おはよう」 通学鞄を片手に持って歩く生徒達に紛れても、志依の姿はすぐ見つけることが出来る。 車椅子という見た目だけでは無い。車椅子の駆動音や車輪音など、その独特の音からも志依の存在が判断出来るのだ。 「押していこうか?」 「嬉しいわ。お願いしようかしら」 気品ある言葉で返す志依。朝だというのに、立派な立ち居振舞いだ。 「ふんふんふ~ん♪」 「朝からご機嫌だな」 「こうして期招来君に押してもらっているからよ」 志依の車椅子は全自動型だ。別に誰かが押さなくてもスイッチ一つで自由に駆動する。 それでも志依はこうして誰かに車椅子を押してもらう事を随分と好む。車椅子生活の身としてはこういった触れ合いに心が癒されるのかもしれないな。 「早く押し過ぎたりしてないか?」 「ええ。快適な乗り心地よ」 だから俺は、こうして志依を見かけたらなるべく車椅子を押してやるようにしている。足の悪い彼女が、それで少しでも喜んでくれれば俺も嬉しいのだ。 「――よ……っと」 段差を慎重に乗り上げる。 「見事だわ。この車椅子、決して軽くはないのよ? その上私も乗ってる。持ち上げるのは困難のはずよ」 「どうって事無いよ」 「嬉しい言葉ね。レディを軽々持ち上げるなんて、 期招来君はなかなかに紳士だわ」 志依とこうして登下校するのはこれが初めてではない。楽園欒住みという点は同じなのだから、登下校が偶然一緒になるなんて事はしょっちゅうだ。 それにしても……こうやって車椅子を押していると、日常的に歩いている自分の地面には、案外段差が多いという事がわかる。 それら一段一段が志依を毎日煩わせているのだ。 少しでもそのストレスを軽減してあげられたらと思う。そのために腕力を行使する事なんて全然厭わない。 「今日もいい天気ね」 「そうだなー。この島はいつも晴れだ」 「雨は車椅子の天敵だから、有難い事だわ」 車椅子を押していると、志依と目を合わせて会話する事が出来ない。当然だが、俺は志依の背後に位置するからだ。 それがどこか心地良くもあり。視線を交えない言葉だけのやり取りは、時に気楽でのどかな気持ちを生む。 「志依、足」 「ええ」 右足から差し出された。ゆっくりと彼女の靴を脱がす。 言うまでもなく、志依は“足の悪い人間”だ。 靴の脱着一つとっても、とてもデリケートな作業となる。丁寧に、繊細に扱わないといけない。誤って患部を傷付けてしまったりしたら大問題だ。 「次は左足」 左足も同様にして、慎重に靴を脱がしていく。 「……よし、完了」 「完璧な仕事だわ。あなたはいつも私を惚れ惚れさせて くれるわね」 「茶化すなって」 脱いだ靴を志依の下駄箱の中に入れる。 志依は俺達と違い、上履きなどに履き替えない。履物をずっと履き続けると足に余計な負担がかかってしまうらしい。 そもそもずっと車椅子の上に座っているのだから、床に降り立つ事は無い。履物自体初めから要らないのだ。 そうなると屋外であっても靴は不要だと思うのだが……。 「私にだってお洒落な靴を履く権利はあるはずよ?」 「あはは…………」 いつものように心を読み取られて、言いくるめられてしまったのだった。 「さ、着いたぞ」 俺達の教室の前までやってきた。 「ええ。早いものね」 確かに自分で椅子を動かすよりも、誰かに動かしてもらう方が安全かつ迅速に移動できる。その点も、志依を援助する理由の一つだ。 「早過ぎて名残惜しいくらいだわ。 毎日期招来君に送り迎えをお願いしたいところね」 「お嬢様の御用命とあらば」 「素敵な執事だ事。ご褒美をあげるわ」 「ご褒美……?」 お礼を目当てにしていたわけじゃないんだけど……。 「手を出して」 言われるがままに手を差し出すと―― 「こっちじゃないわ」 手の平を翻させて―― 「――ちゅっ」 「――いっ!?」 ――俺の手の甲にキスをしたのだった。 「し、志依……何を……」 「あら、顔真っ赤。淑女なりのやり方で 紳士にお礼しただけじゃない」 「だけじゃない……って……」 こんな外国映画みたいなやり取りをいきなりされて慌てないでいられるほど、俺は大人じゃないぞ……! 「ここまでで結構よ。お先に教室にどうぞ」 「あ、ああ……」 赤面する俺に気を利かせてくれたのか、志依は逃げ道を提供してくれた。 遠慮なくそれに乗っかる。カッコ悪い去り方だ……。 「………………」 「…………ぽ」 昼になった。 「さて……昼飯買いに行くか」 今日は寝坊した事もあって弁当を持参していないのだ。 「寝坊したせいでお昼ご飯を用意していないって顔ね」 「さすがだなぁ」 「私のお弁当はいかがかしら?」 「志依のお弁当……?」 「今朝のお礼よ」 「俺が志依のお弁当食べちゃったら、 志依の分はどうするんだよ?」 「こんな事もあろうかと、お弁当二つ用意してあるのよ」 ニヤリと微笑みながら弁当箱を二つ見せつける志依。 さ、さすが過ぎる……! 「でも、今朝のお礼なら淑女の流儀で もういただいたはずだけど?」 「う、うるさいわねっ……揚げ足取ってる意地悪には お弁当恵んであげないわよっ?」 お、珍しく照れてる。なんだかんだで志依もあのキスは恥ずかしかったのかな? 「で、どうするの? お弁当食べるの? 食べないの?」 「有難く頂戴いたします、お嬢様」 「それでいいのよ」 深々と頭を下げて車椅子の背後に立つ。 そのまま、志依を校庭へと連れて行った。 「このあたりで食べようか」 「ええ。いい場所だわ。 外の空気を吸いながらの食事はまた格別よ」 俺は木陰のベンチに座り、志依と目線の高さを合わせた。 目の前には昼練習をする運動部の姿が散見出来る。 「………………」 志依は……足のせいで運動出来ないんだよな。体育だっていつも見学。運動系の部活なんてもっての外だ。 そんな彼女にとって、この光景はあまり好ましくないものだったかも。場所を変えるべきだろうか。 「……気にしないでいいのよ。 その優しさだけ、有難く頂戴しておくわ」 「あ…………ああ」 志依お得意のテレパシーで脳内を読まれてしまったようだ。 まったく、敵わない。志依が気にするなと言っているんだから、その言葉に甘えよう。 「はい、これが期招来君の分のお弁当。 お口に合うかしら」 「お、ありがとう」 手渡されたのは、可愛らしいお弁当箱。 中身は……。 「おお、すごいじゃないか」 色とりどりのおかずに囲まれたおにぎり。実に華やかだ。 「どうぞ召し上がれ」 「それじゃ遠慮なく……いただきます」 「私も……いただきます」 二人並んで、おにぎりを頬張った。 「もぐもぐもぐ……美味い!」 「そう……? まあおにぎりなんて誰が作っても同じ味よ」 「いやいや、この玉子焼きだって美味しいよ」 「そ、そうかしら……ま、まぁ……そう言って もらえるなら嬉しいわ……もぐもぐ」 「けど、志依って料理上手なんだな。初めて知ったよ」 「これくらい普通よ」 「その足で料理するのは大変じゃないのか?」 「逆よ。足が悪いから、料理くらいしかする事が無いの」 なるほど。そういうものなのか……。 「システムキッチンだからあまり移動しないし……。 台の高さも、私の座高に合わせてるのよ」 そんな事まで出来るのか。 寮のキッチンって意外とカスタマイズが許されてるんだな。 「――あ、志依。口元にご飯粒がついてるよ」 「え……や、やだわ私ったら……不覚……!」 「取ってやる」 「え……」 口元に手を伸ばして、指で米粒を摘み上げる。 「ひゃっ……!」 捨てるのもなんだし、それをそのまま自分の口に入れた。 「ひゃうっ…………」 「……………………」 「……………………ぽ」 「志依も可愛いとこあるんだなぁ」 「と、というかっ……! 私は足が不自由なのであって手は悪くないのだからっ、 ご飯粒くらい、自分で取れるわよっ……!」 「そっか、ごめんごめん。余計な事しちゃったか?」 「ふ、ふんっ……! もぐもぐもぐっ!」 そう言いながら再びおにぎりを頬張る志依。 「ふんふんふ~ん♪」 しかしなぜか上機嫌だ。車椅子の上で足をぶらぶらさせちゃったりしてるし。そんな事して大丈夫なのか? 「ねえ……期招来君」 「……ん?」 「……いつもありがとう」 こういう時、志依のような思考察知能力があればいいなと思う。 「……なんの話だ?」 「……なんでも無いわ」 志依が日常的に背負っているものは、きっと俺達健常者には到底理解出来ない底深いものだと思う。 だから……何とかしてあげたいなって思うんだ。 「さてと……」 授業が終わり、教室は一気に解放感に包まれた。 「帰るか……」 廊下に出た途端―― 「――やいっ、期招来那由太っ」 「ん……?」 珍しい。霍から声をかけられるとは。 「なんだ?」 「あ、あんたさ……最近黒蝶沼と仲良いみたいじゃんかっ」 「随分唐突だな。仲良い……か。うん、まあ」 「み、認めたっ、認めたぞこいつ!」 「お前がそう聞いたんじゃん」 「あんなひねくれ女と仲良くなれるなんて…… あんたすごいなぁー」 多分皮肉で言ってるんだろうけど、表情が完全に称賛のそれなので全く嫌味に聞こえない。 「……で、それがどうかしたのか? もしかして霍、志依と仲良くなりたいとか? だったら俺が間を取り持つぞ」 「ば、バカじゃんバカじゃん! あんなヤツと仲良くしたくないし! ホントだし!」 「じゃあなんなんだよ」 「あ、あのさ、仲良いなら黒蝶沼の弱点とか 知ってるでしょっ? あたしに教えてよっ」 「なんでそんなもん知りたがってんだ?」 「だってあいついっつもあたしの事虐めてくるんだもん。 だからぎゃふんと言わせてやろうと思って……」 不良ぶってる少女が虐められて困ってるとは、こりゃまたおかしな話だ。 そもそも虐められてるというより、遊ばれてると言った方が正しい。 「弱点ねぇ……」 「なんかないかなっ……火とか、水とか」 霍にとって志依はRPGのボスという認識なのだろうか。 「うーん、あんまり無さそうだけど……強いて言えば……」 「強いて言えば……?」 「………………」 「……ごくっ」 「…………やっぱなし。こういう話は止めようぜ」 「ええっ!? なんだよー!」 霍にも悪いが、ここで正直に彼女に協力したら志依にも悪い。黙っておくのが正解だろう。 「弱点なんか探さずに、正々堂々と立ち向かっていけ」 「で、でも……あいつ苦手だよぉ……」 だろうな。もうその言い方がすでに弄んでくれと言わんばかりだもんな。 「弱点知ってるんなら教えてよぅ」 「こだわるなぁ」 「相手の弱点突いた方がなんか悪者っぽいじゃん」 「不良と悪者を一緒にするな」 「……違うの?」 「……………………」 あれ……? 一緒か? 「ひっ……この音は……」 「あら、期招来君。叶深さん。仲良くお喋り?」 「で、出たあっ! 黒蝶沼志依っ!」 お化けかよ。 あ、でもちょっと幽霊みたいな神秘性が志依にはあるかも。 「私の弱点の話?」 「ひえっ、聞いてたのぉ!?」 「あなた単純だから読み取りやすいのよ」 「ひぃん……エスパーめぇ……」 「ついでに今あなたが私に言わせたい言葉を 言ってあげるわ」 そう言いながら志依は霍の耳元に近付いていき―― 「――ぎゃふん♪」 「ひゃっ!!」 優しくその言葉を囁いたのだった。 「くふふふっ、ご希望の一言はいかがだったかしら?」 「ひぐっ、くっ……ち、ちくしょっ……!!」 「ひ~~~~~んっ!! お~~~ぼえ~~~てろ~~~~~っっ!! ぎゃふんっ!」 そして霍はぎゃふんと言いながら無残にその場から逃亡するしかなかったのだった。 「くふふふふふっ!! 相変わらず面白い子ね、叶深さん」 「楽しそうだなぁ」 「ええ、楽しいわ。私あの子大好きよ」 「あんまり虐めてやるなよ」 「虐めじゃないわ。どこにも不幸がないのだから」 「ん?」 「おちょくってるのは認めるけどね。だってあの子、 ついからかいたくなるほど可愛いんですもの。 期招来君もそう思わない?」 「同意を求められてもな……」 「あなたは叶深さんを可愛いと思わないの?」 「答え辛いって」 「じゃあ特別に質問を変えるわ。 でもその分難しい問題よ?」 「期招来君は私と叶深さん、どちらの方が 可愛いと思うのかしら?」 「余計に答え辛いって」 「正解を当てられたらご褒美をあげるわ」 主観の質問なのに正解というものがあるらしい。 「どっちの方が可愛いって聞かれてもなぁ……」 「ご褒美がかかっているのよ。真剣に答えなさい」 少しだけ志依の言葉が緊迫を纏った。 志依自身、この質問に何か意図があるのだろうか。 「……で、どっちなのかしら?」 「そりゃあ……まあ……」 「…………志依」 「…………ぽ」 「……こほん。正解よ。難問にもかかわらず、 よく答えられたわね。実にいい子だわ」 というか、志依の名前を答えないとへそ曲げられそうだったし。 「ところで期招来君。私の弱点って一体何なのかしら?」 「どこから話を聞いてたんだ?」 俺も霍同様、心を読みやすいタイプなのだろうか。 「自分の弱点は自分が一番よくわかってるだろう?」 「興味深いじゃない。あなたが私をどこまで 把握してるのか。客観的な意見……ううん、 あなたの意見を聞きたいわ」 俺の意見……か。 「……言うまでもなく、その足だろ」 志依の弱点。地に立つ事の出来ない細長い足。運動する事を許されない、不自由な二本の足。 身体の事を指摘するのは気兼ねしてしまうが、弱点としてこれ以上の場所はないだろう。 「それが……あなたの思う、私の弱点?」 「………………」 「…………そう……だな」 「……………………」 「…………くふふっ、くふふっふっふくふふっふっ!」 「あははははっ! 素晴らしい答えだわっ! あなたは本当にいい子よ、期招来君っ!」 「……そりゃどーも」 感情の起伏が少ない志依が、大声で笑っている。 「ご褒美に一緒に下校する事を許可するわ。 さ、後ろに回って。車椅子を押してちょうだい」 「……かしこまりました、お嬢様」 「くふふふっ、くっふふふっ!」 そんなに笑われてるって事は……。 ――バレてるんだろうな。志依には。 「よし、出来た」 数学の課題を半ば無理矢理終わらせた。 わからない問題はいくら時間をかけたところでわからん。こういうのは諦めが肝心だ。 「さてと……そろそろ寝る準備をしようかな」 時計を見るともういい時間だ。 「とりあえずシャワー浴びてくるか……」 「ん……?」 誰だろう? こんな時間に。 「今開けまーす」 ] 「こんばんは」 「し、志依……!?」 意外な人物の来訪に、驚いてしまう。 「ど、どうしたんだよこんな時間に……。 もう消灯時間過ぎてるぞ……!? 誰かに見つかったら……」 「ええ。だから早く中に入れてもらいたいのだけれど?」 俺の回答を待たず、志依はスーッと部屋の中に入っていった。 「えっと……こんな夜中に何の用だ?」 「忘れ物を届けに来たのよ」 「忘れ物……?」 はて。何の話だろう? 「渡しておかなくてはいけなかったのに…… 渡しそびれてしまって……」 「気になって眠れないから、今こうして渡しに来たのよ」 「なんか借りてたっけ?」 「へえ……ここが期招来君の部屋……。 なかなか整ってるじゃない」 って、話を聞かずに勝手に見物し始めてるし! 「男子の部屋も女子の部屋と構造は変わらないのね」 「志依の部屋もこんな感じなのか?」 「広さはね。ただ、私は色々“この高さ”に 合わせてもらってるわ」 昼休みにもそう言っていたな。キッチンの高さを車椅子の座高に合わせているって。 「あら。数学の教科書が出しっぱなし。 もしかしてお勉強中だったかしら?」 「いや、今終わったとこ……っていうか、 あんまりじろじろ見ないでくれよ」 そう言いつつも、俺も志依の姿をチラチラと眺めてしまう。 志依らしい、上品な印象の私服だな。優雅でありつつもどこか蠱惑的で、なお儚い。 志依の私服を見たのはこれが初めてだっただろうか。いつもと違う彼女の一面を知った気がして、狼狽で視線を震わせてしまう。 「期招来君は……いつもこの空間で生活しているのね」 勉強机の隅に細い指を走らせるその仕草がさらに俺の動揺を促す。勘のいい志依に弄ばれる恰好の的として晒されるに違いない。 「不思議な気分よ。なんだか世界が一段高く見えるわ」 「健常者の視線が私に比べていかに高いか思い知らされる。 皆普段からこんな高い世界で生きているのね。 だから私はいつも、皆から見下ろされる」 「……………………」 「返答し辛い話題だったかしら?」 「……まあ」 「安心して。このお話はきちんと温かい着地点を迎えるの」 「――“でも期招来君は違う”」 「え…………」 「こちらにいらっしゃい。忘れずに用件を済ませておくわ」 「あ、ああ……」 言われた通り、志依の前に立つ。 「手を出して」 「ん」 「くふふっ。うっかりさんなんだから」 笑われたぞ。なんで? 「逆でしょ? こっちじゃなくて……ほら、こっち」 丁寧な仕草で、俺の手の平を翻した。 「あ……」 これって……。 「……ちゅっ」 「……………………」 「……………………」 「…………えっと…………なんで?」 手の甲のキス……。 確か志依曰く“ご褒美”……。 俺、なんかご褒美もらうような事したっけ? 「クイズに正解したでしょ?」 クイズ……。 クイズって……もしかして……。 「期招来君は私と叶深さん、どちらの方が 可愛いと思うのかしら?」 「正解を当てられたらご褒美をあげるわ」 「あれの事か……!?」 「あの分のご褒美、まだ渡してなかったでしょ?」 そうだったかもしれないけど……。 「それを……わざわざ……?」 「迷惑だったかしら?」 「そんな事ないけど……随分律儀だな……って」 「淑女なら当然よ。宵越しのご褒美なんて味気ない じゃない。ご褒美の清算はその日のうちに、よ」 淑女って江戸っ子みたいに厳しい世界なんだな。志依のように自分をしっかり持ってる女性じゃないと、その道を往くのは難しいだろう。 「……ちゅっ……!」 「って何やってんの!?」 「だから、ご褒美」 「キスならもうしただろ……!?」 「あら……誰が一回でおしまいだなんて言ったのかしら?」 「――ちゅっ……ちゅっ、ぴちゅ、ちゅっ…………!」 そう言いながら、志依はさらにもう一度、今度は激し目に俺の手の甲を啄んだ。 「ちゅっ、ぴっちゅ……ちゅく……ちゅっ、ちゅっぷ、 ん……ちゅっ、ちゅぅ……ちゅっ、ちゅずず……!」 「お、おい……志依ってば……!」 「ちゅっぷ……ちゅず……手を動かしては駄目よ……? ちゅ……ぴちゅ、ちゅぅ…………ちゅずっ、ちゅっ」 こんなにも熱い口付けを手にされて、冷静でいられるわけがない。 恥ずかしさに負けて手を引っ込めたくなるが、一方で彼女の甘い唇の感触が心地良く、それに溺れたい劣情も確実に増大している。 「ちゅぷぅ……ちゅっ、ちゅ……はふぅ、ちゅ……! ちゅりゅ……ちゅぅ、ちゅぷ……ぴちゅ……! んっ、はふっ、ちゅ……しょっぱひ……ちゅぅ」 俺の手の甲に、軽くて柔らかい感触のキスが続く。 「ちゅっ…………ちゅずずずずず…………!! んっ、はふっ、ちゅぅぅぅ……ちゅうううっ……!!」 「おい志依……何して……」 「くふふ……ちょっと吸ってみたのよ。 あなたの手は……私には大きいから……んちゅむぅ、 少しでも自分のものにしたくて……ちゅぷ、ちゅぅ」 志依は小柄な少女だ。唇だって応じて小さい。 そんな控え目な唇から繰り出されるキスの接地面積はさほど大きくない。 だからだろうか、感覚が鋭敏になるのだ。余計に接触を強く感じてしまうのだ。 「ちゅぅ、ちゅず~~~~~~~~~っっ……! くふふっ、ちゅずずずずず~~~~~~っっ…………!」 「くぅ……!! 志依っ……!」 頬をすぼめる音に混じって、小さな笑みが聞こえた。 楽しんでいるのだろうか。志依は。この行為を。 それは俺にはわからない。志依は手の甲に向かって前かがみになっている。その姿勢のせいで、彼女の表情が確認出来ない。 「ちゅずずずずっ、ちゅぷ~~~~~~~っっ……! んふふっ、くふふふっ……ちゅぅ、ちゅずずっ……! ちゅずずっ、ぴちゅ~~~~~~っ…………!!」 「…………っ」 志依も、俺と同じく赤面しているのだろうか。 目が合わない事が、今は幸いだ。今の自分の無防備な表情を見られたら、何て思われるだろうか……。 いや、志依は頭のいい少女だ。俺の心境なんてとっくに理解していて、その上でこうやって口付けを繰り返しているに違いない。 「はふぅ……なかなか……官能的だわ……ぴちゅっ。 ちゅぷ……ちゅぅ~~…………ちゅ~~~~……」 次第に皮膚が赤らんでいく。志依に吸われたところが……赤に刻まれて……。 キスマークってやつだ。志依の唇が、俺の手の甲に何か所もキスマークを残していく。 「んっ、ちゅぷぅ……あなたの手……温かい……んちゅ、 はふぅ、もっと……欲しくなっちゃう……」 「志依……?」 力無くぶら下がっている俺の指に沿って唇が移動すると―― 「――れろぉんっ」 「くっ……!」 生温かい感触が指先を撫でた。 「れろぉ……れろれろっ、れろぉぉん……。 くふふっ、しょっぱぁい……れろれろっ」 舐めてる……! 俺の指先を……志依が……! 「れろれろっ、えろぉぉん……れろっ、ちゅるるっ、 れろっ、れろぉっ、れろんっ、ぺろぉんっ……」 「志依っ……や、やり過ぎだ……!」 「だぁぁめっ……れろれろっ、まだよぉ……れろれろっ、 これは……れろれろっ、ご褒美なんだから……れろっ」 おそらく、志依自身も箍が外れてしまっている。 いつからか火が点いてしまったらしく、もう歯止めが利かない様子だ。 「れろぉっ……えろぉえろぉえろぉぉっ……れろぉんっ! はふっ、れろっ、れろぉっ……れろぉんっ、えろっ!」 艶めかしい舌音が吐息交じりに響き渡る。 どんどん行為に遠慮が無くなっていく。無理してでも止めるべきだろうか。 だって……最初に比べて、今やもう―― 「れろっ、れろぉっ、れろぉんっ、はふっ、 指……太くて……れろれろっ、私のものとは、 えらい違いね……れろっ、れろぉっ……!」 こんなのただの、淫行だ―― 「志依……それ以上は……」 「ん……れろれろ……はふぅ……。 あら……ちょっとやり過ぎちゃったかしら?」 「れろっ、れろぉぉ、だったらぁ……れろれろっ、 私の舌を……れろれろっ、拒んでくれても、 いいのよぉ……? ぺろっ、れろぉっ……!」 志依はわかっている。だから挑発的なんだ。 俺は、自分の手を動かすことが出来ない。まるで他人のものになってしまったかのように硬直している。操作出来ないんだ。 志依の……この淫らな刺激に溺れたいんだ。 「れろれろっ……くふふ、手を引っ込めないの? れろっ、ぺろぉっ、れろぉぉぉぉぉん…………!」 「嫌じゃないのなら……もっと味わわせてもらうわね? ――ちゅっぷぅ……!」 「くぅ……!」 尖った唇が、指を大胆にしゃぶり上げた。 「ちゅぶぅ、ちゅっぷっ、ちゅぶぶっ、ちゅぷぅ……! ぴちゅ、ちゅっぷぅ……ちゅっぶぅ……ちゅぶぅ!」 「…………っ!」 「ちゅぷっ、ぴちゅ、ちゅっぶぅ……ぴちゅっぱっ……! はふっ、おしゃぶりにしては……ちゅぷっ、随分と 大きいわ……ちゅぷっ、ぴっちゅっ……!」 爪が歯に当たって、指先が吐息を浴びて。 全てが気持ちいい。なんなんだこれは……! 「ちゅっぴぃ、はぁっ、んっ、ちゅぷっ、ぴちゅ、最初は しょっぱかったのに……ちゅぷ、もう味しないのね…… ちゅず、舐め過ぎたからかしら……ちゅっぴっ……!」 「でも……んちゅぅ、まあいいわ……ちゅっぷりゅぅっ、 んはふぅ、これはこれで……ちゅぷ、美味しい気が すりゅ……ちゅにゅぷぅ……」 指が瞬く間に唾液塗れになっていく。 唇の裏、舌先、口腔の粘膜。どれも普段触れる事のない感触だ。 「ちゅぷぅ、ぴちゅぴちゅ、ちゅっぱっ……ちゅずずっ、 ぴちゅむっ、むっちゅううぅちゅっぷうっ……! ちゅぷっ、ちゅうっ、ぴちゅぷぅ……!」 非現実な感覚が、興奮を引き寄せる。指をしゃぶり尽される事がこんなにも欲情的だとは。 「ぶっちゅ~~~~~~~~~…………ちゅっぱっ!!」 「――ぷはぁ、はぁ、はぁ……ふぅ、こんなところかしら。 紳士に与える淑女流のご褒美……これでおしまいよ」 開放された指が外気に晒されて虚しく冷える。 唇を失った俺の手の、なんという心細さだろうか。 「……っ……し、志依……」 「ん……はふぅ……な、何かしら……?」 「こんな事されて……俺……」 「これ以上紳士のままでいられないって……!」 「くふふ……くっふっふっふっふっ……! じゅるりっ……♪」 志依は妖しく笑いながら、先ほどの艶めかしい舌をまるで蛇のように巡らせて舌なめずりさせた。 「私のご褒美はここまでよ。これ以上望まれても困るわ」 「志依の事だから……今の俺の気持ち、わかってるのか?」 「ええ。別に私に限らず、誰だってわかると思うわ」 「だってほら――」 「……っ」 「ズボンがパンパンに膨らんでる……くっふふふっ!」 志依の指摘の通りだ。 さきほどの舌刺激があまりにも性的で、俺はすっかり欲望を股間に纏わせてしまっていた。 「わかってくれてるなら話は早いんだが……」 「そうね……どうしようかしら……」 俺を試すように思案する志依。 屹立を携えたまま彼女の手の上で踊らされているこの時が、狂ってしまいそうなくらいもどかしい。 志依は……華奢な少女だ。足も悪い。俺がその気になれば、容易く押し倒す事が出来るだろう。 その気にさせたのは志依の方なんだ。彼女も少なからず覚悟はあるはず。 だったらもう……手っ取り早い方法で―― 「私を……押し倒すの?」 「うっ……!」 「あなたは男性で……私は女性で……。 あなたは健常者で……私は障害者で……」 「どう考えても、私はあなたに敵わないわね。 きっと力任せにされたら、私は為す術なく あなたの思い通りにさせられてしまうわ」 「ねえ…………押し倒すの?」 「……しないよ。しない。 志依にそんな乱暴な事するわけないじゃないか」 「……うん。だから私は好きなのよ。あなたの事」 「……ちゅ」 また、キス。 今度は、唇同士のキス。 劣情を排除した、優しくて暖かいキス。 「お昼に……ご飯を一緒に食べた時に言った言葉……。 覚えてる?」 「……………………」 「くふふ……やっぱり覚えてるのね。本当に賢い子……」 「もう一回、今度は目を合わせて…… 互いの吐息がかかる距離で告げるわ……。 きちんと聞いて?」 「ああ」 「――いつもありがとう」 「優しくする。足の事もあるから……なおさら」 「……ぽ」 ようやく志依と目を合わせて、表情を確認出来て。 お互いが同じ気持ちなのを知った。 だから、結ばれるのは当然だった―― 「よっ……っと」 「んっ……はふぅ」 志依を、ベッドに横たわらせた。 「心のこもった手つきね……」 「いっぱいキスしてもらったからね」 仰向けになりながら、甘い視線を寄せる志依。 男としての興奮が高まる。 この性欲をうまく抑制しながら、俺は志依に接するんだ。柔らかく、そして脆い彼女の身体を傷付けないようにするために。 「志依……脱がせていいか?」 「ん……そ、そうね……。そういう事は…… はふぅ……お任せしようかしら」 「それじゃ……失礼するぞ」 彼女の股間に手を伸ばし……。 ゆっくりと彼女の恥部を露わにさせた。 「~~~っ…………!」 「大……丈夫……か?」 「へ、変な事聞かないでちょうだいっ……! それと……あんまり見たら駄目なんだから……!」 変な事を聞いたつもりは無い。随分と悶絶している様子なので、もしかしたら不注意で足を痛ませてしまったかと思ったのだ。 どうやらそれは大丈夫そう。ただ恥ずかしがってるだけ……なのかな? 「ひぅぅぅ…………くひぃ~~~~っ…………!」 「………………」 顔を隠すようにして小さく震えている。 な、なかなか見る事の出来ない志依だ……! これは……なんというか……。 物凄く、可愛い……! 「おまんこ可愛いっすね」 「う、嬉しくないのだけれどっ!?」 「思わず見蕩れちゃうっす」 「物凄く恥ずかしいのだわっ!」 あからさまに志依を辱めてみた。 「うう…………想像以上の恥辱だわ……きひぃ……!」 普段、なかなか触れる事の出来ない志依の本心に到着出来た気がして、なんともいい気分だ。 「き、期招来君も……そろそろ出したらどうなの……!? 私ばっかり不公平だわっ」 「出す……というと?」 「そ、その……ズボンの中で窮屈そうにしてる…… それ、よ……」 「それ、とは?」 「だ、だから……そ、その………… 言わなくてもわかるでしょ……?」 「……………………」 「うう、なんで黙るのよぅ……」 「んと……それよ、それ……! ズボンの中の……ぉ、ぉち…………」 「ぉち……ん、ちん…………」 「おお!」 志依がそんな単語を口にするなんて!この時点でもう最高潮なんですけど! 「なんなのよぅ、もうっ! 変な事言わせないでっ!」 顔が真っ赤だ。あの志依が。おまんこ曝け出しながら。淫語を口にして。恥ずかしがってる。あの志依が! 「志依、もっかい言って!」 「き、期招来君……ホント、もう――」 「意地悪……しないでぇ…………」 「…………!!」 来る。ってか来た。 可愛過ぎるぞ志依。愛でたい。抱きたい。辱めて遊ぶような余裕なんて今ので完全消失してしまった。 「ひゃっ……!」 「志依、入れていいか……?」 「そ、それが……おち、ん…………ちん…………! 思ってた以上に……太くて……おっきい……!」 「志依に入れたい」 「血管が浮き出ちゃってるじゃない……! そんなに血をドクドク巡らせて……はふっ、んっ……! たくましい、のね……おちんちんって」 「志依を欲してるんだ」 「興奮状態になると、そんなに野性的になってしまう なんて……人間の器官とは思えないわ……。 私に……受け止めきれるかしら」 「優しくするよ」 「…………ぅん」 小さな承諾をもらった。 この隆起は、志依を脅したり穢したりするためのものではない。 志依としっかり繋がって、感情を共有するためのものだ。 「力……抜いて……」 「ゆ、ゆっくりよ……? 信じてるんだから……」 恐る恐る股を開く志依の心境を察しながら―― 「んっ…………んんんっ!!」 志依の小さな膣裂に、肉棒を沈めていく―― 「くひぃっ……んっ、くっ、ぐっくぅっ……!!」 「だ、大丈夫か……志依っ……!?」 「はっふっ……や、っぱり……ぐぅ、見た目通り……んっ、 硬いわね……それ……んっ!」 「私の中を……グリグリ……進んで……はぐうっ!? んっ、くひぃ……はふっ、どんどん……引き裂かれて いくみたい……んっ、ぐっ……!」 「一回抜こうか……!?」 「ば、バカ言わないで……そのまま進んで……はっ、ふっ、 遠慮する事……無いんだから……はぁっ、くぅ……!」 「でも……!」 辛そうだ。脂汗が滲んでいる。 志依とセックスしたいけど……苦しませるつもりは無い。 優しく……甘美に彼女を抱いてあげたいんだ。 「そ、そう思うなら……止めないで……んっ、はっふっ、 もっと……奥まで……来て……!」 「志依……?」 「私も……あなたと繋がりたい……。セックスしたい……! そのためなら、これくらいの痛み、なんて事ないわ……」 「………………」 俺の気持ちを察して、迎え入れようとしてくれている。 志依は覚悟を決めているんだ。 俺も彼女の決意に応えよう。もちろん、出来る限り負担を与えないように、だ。 「んっ……はっくっ……んっ、んんんんっ…………!!」 「入って……くるっ……!! あそこがっ……中がっ…… 熱で……いっぱいになる……はぐっ、ひっ、ふひぃ!」 「もうちょっとだ……!」 「んっ、んっ……んんっ、んっくぅ……!! どうせなら……全部、入れちゃって……はふっ、 はっ、はっ、はっ…………!!」 志依のその言葉を受けて、俺は腰をさらに前進させていく。 「んっ、はぁぁっ…………あっ、くっひいいいいっ!!?」 互いの骨盤が接触した。根元までしっかりと繋がったのだ。 「はぁっ……はぁっ……志依、大丈夫か……?」 「んっ……ふ、ふんだ……はぁ、はぁ……。 これくらい……なんて事ないんだから……はぁ、はぁ」 「いや、そうじゃなくって……足」 「足も……平気よ……はふぅ。別に曲がらないってわけ じゃないの……んっ、はっふ、この体勢でも…… 問題無いわ……」 「そう言えば……俺、志依の足について ちゃんと知らされてない」 「はぁ、んっ、はぁ……私は……生まれつき 足が悪いのよ……。んっ、それだけ……」 「いや……そうじゃなくって」 どういう病気なんだとか。それによってどういう事をしてはいけないのだとか。 「あなたは医者じゃないのだから……んっ、 詳しく知る必要は無いわ……」 「…………そりゃそうだけど」 「…………んっ……はっ……はっ……はっ……」 「……ごめんなさい。あなたの気持ちは嬉しいのよ。 あなたの優しさには何度も救われているのだから」 「そうね。“これ”が終わったら詳しく教えてあげる。 私だって……自分の身体の事、より深くあなたに 理解して欲しいもの」 そう告げながら、優しく微笑んでくれる志依。 まだ破瓜の痛みを感じているだろうに、俺を安心させようとしてくれているのだ。 「というより、だいぶ慣れてきたわ。この刺激に」 「……そうなのか?」 「ええ。笑顔を向けるくらいにね」 またも優しい微笑み。 本当に余裕が出てきたのだろう。 「ねえ……もっと激しく動かして……。 あなたのおちんちん……私……欲しいわ」 少しだけ恥ずかしげに、志依はそう呟いた。 志依も興奮を求めているのだ。刺激を欲し、性を高めているのだ。 それがわかっただけで、身体が発熱する。 志依ともっとその感情を共有したい。 その一心で、俺はストロークを開始させた。 「ふっ、あっ、あっ……んっ、あっ……ああぁっ……! い、いいわっ……そうよ、それ……それ、いいわぁっ!」 「身体の中で……しかも、こんな大事な場所の深くで、 誰かと繋がるなんて……初めてだけど……んっ、くふっ、 これ、心地いいわっ……すごく、いい気持ちよ……!」 「相手が……あなただからかしら……はっ、あふうっ! 好きな人だから……喜びを感じてしまうのね……んっ、 あぁぁん、あっはあっ……!」 「俺も……志依と繋がれて……嬉しいよっ……!」 「あっはあっ、あなたのその気持ち……はっふっ……ん、 おちんちんからも感じるわ……あっ、くひぃんっ……!」 「だって……おちんちんすごい勃起……! 熱くて硬くて……中でどんどん膨らんでるのよ……? 興奮し過ぎじゃない……? 大丈夫なの……?」 「大丈夫じゃなくっても……もう止められないって……!」 志依を求める気持ちが治まらない。どんどんと加速してしまう。 「こんな太いおちんちんにあそこを貫かれて…… んっ、あっふっ、んっ……! 痛いはずなのに、 やだわ、あっ、気持ちいい……んっ、気持ちいいのっ!」 「変な声出ちゃうくらい……んっはぁっ、 感じてきてしまう……はぁっ、んひぃっ……! こんなの、初めてよぉ……あっ、あぁんっ!!」 俺の加速に合わせて、志依の喘ぎも声量を増していく。 互いに高め合っていく。興奮と欲望を。 「志依……俺、もうそろそろ……」 「はふっ、んっ、もうイキたいの……? あっ、ふはぁあん、くっふふっ、 せっかちさんなんだからっ……」 「だ、だって……!」 志依に手の甲をキスされて、指をしゃぶられて。あの時点から俺の興奮は始まっていたんだ。 それを踏まえたらもう十分に絶頂のタイミングは熟したはず。 「ええ、もちろん構わないわよ……? はっ、はっ……んっ、射精……来て……?」 「このまま……出してもいいか?」 「んっ、はふぅ、もちろんよ……。好きな人の精液を 嫌がるなんて……そんなの淑女じゃないわ」 「あなたも紳士なら……はぁん、女の子の身体の一番奥で、 しっかりと射精するのよ……? 少量じゃ駄目なんだ からぁ……あふぅん、薄かったら承知しないわよぉ?」 こんな事をして、そしてそんな事をして紳士と称するのは甚だ疑問だが……。 「任せとけ……!」 言われるまでも無い。濃厚なヤツを大量にお見舞いしてやる。 「はっ! あっ、あっはっ! はっ、はっ、はっ!! 腰、そんなに、はあっ、ガクガクさせてっ、んっ、 あっはぁっ……!!」 「激しいっ! おちんちん、そんな乱暴に振り乱して、 大丈夫なのぉっ!? あっ、くはっ、あぁっ、ひっ!」 「はぁっ、はぁっ、そんな心配しなくていいってっ……!」 「でも……ひっ、ひゃひっ、は、激し過ぎぃっ!! んっ、はっ、あっ、あっ、あぁぁっ……!!」 もちろん志依の身体を気にかけながらのピストンだったが。 それでも、射精を導くために。ひたすら雄々しく腰を往復させた。 「あぁっ、勃起激しいわっ、あんっ、あぁあっ!!? こんなに膨らんで……ひいっ、は、破裂しそうっ……!」 「もうっ……出るっ……!!」 「んっ、ひいっ、あっ、あっ、きゃっ……!? おちんちんビクビク震えて……ひあっ……!? あっ、あっ、あっ、あっ……あ、あ、あ、あ――」 「――あっはあぁあぁあぁああぁぁああぁああっっ!!? ああっ!? あっ、あっ、あっ、あっ、あああっ!!?」 そしてついに、俺は限界を迎えた。 それは志依も同じだったらしく―― 「んっひいぃいいぃっ……!? おちんちんっ!! ドクンドクンって脈打って……ひゃっ、あっ、くひっ!」 「私もっ……んっ、イっちゃうっ!! 中出しっ……! 初めての中出しで……私も、イっちゃうわっ……! あっ、あぁあんっ、あっ……あっ……あっ……あっ!」 腰を痙攣させながら、透明な液体を迸らせている。 どうやら志依も潮吹きしてしまったらしい。 「んっ……あっ、あっ……あっ、あっ、あっ……! あっはぁぁぁ……中出し射精って……んっ、 こんなにも……官能的なのね……あっはぁぁん……」 「はぁ……はぁ……な、なんだよ……。 人の事せっかちとか言って、志依だって しっかりイったじゃないか……」 「はっ……はっ……くふふっ、 スケベなのはお互い様ね♪」 小悪魔っぽく笑う志依。本当に底の知れない少女だ。 「あっ、待って……! おちんちんまだ抜かないで……!」 「え……」 「まだ……繋がったままがいい。もっと繋がっていたい。 あなただって……まだ足りないでしょう?」 「………………」 「そう……だな。俺ももっと志依を感じたい」 「だったら……ね?」 小さく首を傾げる仕草が可愛らしくって―― 「よし、それじゃあ――」 「――ひゃぁっ!」 体勢を変えて、志依を抱え込んだ。これで第二ラウンドの開始だ。 「んんっ……くっふぅぅぅ…………!! こ、この体勢だと……おちんちん、 さっきより深く感じちゃうわ……んっ!」 「それに……お腹の底に精液が溜まってるから…… んっはぁっ、それを……おちんちんで掻き混ぜ られてる感じがして……はあっ、あっ、くひぃっ!」 座位になって腰を突き上げると、志依は可愛い声でその刺激に悶えた。 「私の……ぉ、ぉまんこ……おまんこの中……精液 いっぱい詰まってるのよ……? おちんちんの先っぽで、 ドロドロしたの感じるかしら……?」 「志依の中が気持ち良過ぎてそれどころじゃないよ」 「そう……? でも……ほら。あなたの腰でお腹を 突き上げられると……んっ、んっはっ……! んんっ! ゴポゴポって音が……聞こえてくるわ……」 確かにいやらしい泡音が結合部から漏れている。 先ほどの精液が志依の愛液とブレンドされている音なのだろうか。 「んっ……はふぅん……やっぱり……気持ちいいのね、 おちんちんって……はふっ、んっ、この太さも…… なんだかクセになっちゃいそうよ……」 「志依、意外とエッチ?」 「んんっはっ……どうかしら……はふぅん……」 そう言いつつも志依の乳首は可愛らしく勃っている。 お互い全裸になって……志依のおっぱいは初めて見たけど……やっぱり志依らしくて可愛いな。 「……小さいって事かしら?」 「何も言ってないよ?」 「言葉なんていらないの。私エスパーよ?」 どうやら顔にそう書いてあったらしい。 「他意は無いって。可愛いおっぱいだって思うよ」 「……まあ、その気持ちは有難く受け取っておくとするわ」 素直に喜ぶのが下手なのも、彼女の可愛い一面だと思う。 「はぁっ……はふぅん、こ、これでも……あなたの前では 素直でいようって思ってるのよ……?」 「そうなのか?」 「んっ……え、ええ……。だってほら……。 ちゃんと言ったでしょ……? いつもありがとうって」 昼にも言われたし、さっきも改めて言われた言葉だ。 「私は……はぁっ、あぁん……いつも足の事で……んっ、 あなたに面倒を見てもらっているわ……んっ、 これでも迷惑をかけている自覚はあるのよ……?」 「お世話してもらって……とっても感謝してるの……。 あなたのおかげで私は幸せなのよ……」 「大げさだよ、志依。俺は別に志依を迷惑だなんて 思った事は無いって」 「やっぱり優しいのね、あなたは……」 優しいとかそういうんじゃなくって。 志依が困っていたり不自由していたりしたら助けてあげたいって思うのは自然な事だと思う。別に褒められたりするような事じゃない。 「自分の身体の事なのに……あなたに支えてもらって、 んっ、くふぅ、申し訳なく思っているわ……。 悔しいって感じる時さえあるの……」 「時々思うの……私の存在が、あなたの負担になって いるんじゃないか……って」 「答えるまでもないな。志依なら俺の本心が わかるはずだろ?」 「ええ……。だからよ。あなたは私を許してくれるから。 受け入れてくれるから……だからつい甘えてしまうの」 「あなたは私の相手をする事を面倒に思っていない。 それはわかる。でも、それを良しとして私があなたを 頼ってばっかりいたら、それはやっぱり違うでしょ?」 「これ以上構ってもらうべきじゃないのかもって 思ったりもするの。寂しがり屋の悪い癖よ」 「志依…………」 「あなたは優しいから……甘えさせてくれるから……。 時々自分がどうすべきなのかわからなくなる」 「あなたといると自分が駄目になるかもって考えたり して……でもあなたとずっと一緒にいたくて……。 クールなふりしてね。人一倍の寂しがり屋だわ」 「ねえ……私どうしたらいいのかしら……?」 「――んちゅ…………!?」 志依の質問の答えが、あまりにも明白過ぎて。呆れて唇を塞いだ。 「んっ……ぷはぁ……き、期招来君……?」 「そんなくだらない事、弱々しい声で聞かないでくれ」 「だ、だって……」 どうしたらいいか、だって? そんなの決まってる。言葉にして答えるのがバカバカし過ぎるから、キスで応えてやるんだ。 「んちゅ……ちゅっ……ぷちゅっ……!? ちゅぷ……んっ、はっふっ、ちゅぷぅ……」 「ちゅ…………ちゅっ、ん…………ちゅっ……っ」 「ちゅぷぅ……ちゅぷぅ、ちゅっずっ……ちゅぷっ、 ぷちゅっ……ちゅっ、ちゅっ……んっちゅっ……!」 寂しいなら俺の傍にいればいい。 俺は志依を負担だと思った事もないし、迷惑だと感じた事も無い。 「ちゅりゅ……れろりゅぅ、ちゅりゅうっ……! ちゅっぷっ、ちゅりゅりゅぅ……れろりゅうっ!! ちゅりゅっ、ぴちゅりゅうっ…………!!」 俺は志依と一緒にいたい。 俺は志依を愛している。 全部、言うまでもない事だ―― 「んっ、ぷはぁ……やだ……大人のキス……」 「俺の気持ち、わかってくれたか?」 「それは……わ、わかったけれど……はふぅん……っ」 「でもいいのかしら。私あなたに甘えるわよ? 今まで以上に頼っちゃうわよ?」 「志依がダメ人間にならない程度に手助けするよ」 甘えていい時と悪い時の区別がしっかりしていれば、俺が彼女の生活を支えても許されるはずだ。 「甘えていい時って、例えばどんな時なのかしら?」 「またすぐ当たり前の事を聞く」 「ちゅりゅぅ……ぴっちゅっ……! ちゅぷっ、ぴちゅむ……んっ、はふっ、ちゅっぷっ」 「今は好きなだけ俺に甘えて構わないから」 「…………ぽ」 俺だって、こうして抱き合ってる時に志依の可愛さをたっぷりと味わいたいのだから。 「期招来君……」 「……ん?」 「舌絡めるヤツぅ……」 「ん」 「れろぉんっ、れろちゅっ、ちゅりゅうぅ……! れろちゅっ、ちゅっぷっ、れろちゅりゅうっ!!」 互いの舌が生き物のように口内で絡み合う。 粘膜を擦り合い、押し付け合い、その淫らな刺激に二人して堕ちていく。 「んりゅりゅ……ちゅりゅうっ!? ちゅっぷ…… おひんひん、ちゅりゅぅ、勃起、しゅごひっ、 んちゅぅ、ちゅぷっ……!」 「ぴちゅ、おまんこの中れ……ちゅ、ちゅぷ、 どんどん膨らんれ……ちゅりゅぅ、キスしながりゃ、 ちゅぷ、興奮してくれてるのね……ちゅりゅりゅっ」 「はぁ……はぁ……ああ、すごく興奮する……ちゅっ」 「んちゅぷぅ、れりゅぅ……私もよ……ちゅりゅっ! んじゅりゅぅ、ぴちゅりゅぅ……こんな濃厚なキスと セックスを同時にしたら……おまんこ、熱くなっちゃう」 舌を艶めかしく巡らせながら、欲情を告げる。 「ちゅぷりゅ、はっふっ、感じちゃうわね……これ。 上の口と下の口とはよく言ったものだわ……ちゅりゅぅ」 「志依……中、大分熱いぞ……!?」 「んっ、ちゅぷぅ、ちゅりゅ、そ、そうね……ちゅっ、 おかげ様で……ちゅぴりゅ、もうそろそろ……私、 限界……かも……ちゅぅ」 絶頂の予兆が恥ずかしいのか、口付けが少しだけたどたどしくなる。 「それじゃあ……このまま……」 「お願いするわ……ちゅぷっ、ぴちゅむぅ……!!」 いつの間にか、俺もいつでもイケるくらいに昂ぶっていた。 志依の潮吹きに合わせて……俺も再び、彼女の中で爆ぜよう。 「あっふあっ!? あっ、あふっ、ちゅぷ、あぁっ!? お、おちんちん、ちゅぷ、そんな、突き上げたらっ、 あっ、あっ、ああぁあんっ!?」 「おまんこ……おかしくなってしまうわっ……!! ひあっ、くっひっ、気持ち良過ぎて、狂っちゃうっ! あっ、ふあっ、あぁっ、あっ、ああんっ!!」 彼女の体重を持ち上げるには十分な屹立だ。それくらい今の俺は興奮している。 こんなにも膨らんで……爆発が近い。射精の欲望がみるみるとせり上がっていく。 「ちゅっぷっ、んっ、んっ、んんひいっ、私っ、イクっ、 イクわっ、お、おまんこっ、ちゅぷ、おまんこイクっ、 イっちゃうわっ、あっ、あぁあんっ、ああっ、あっ!」 そして―― 「イクっ、イクっ、イクっ、イクっ! あっ、あっ!! やぁん、ちゅぷ、んっ、イクうううううううっ!!!」 「きゃひいっ、い、イってるっ、おまんこイってるのっ! んっ、はっふあっ、止められないっ、イクわっ、 イクイクっ、イクううっ、あっはあぁああっ……!!」 「ぐっ……くうっ!!」 大量の淫液が二人同時に解き放たれた。 瞬間的な快楽が、俺達を熱く包み込む。 「はっふっ、お、おまんこ、震えるっ……! おちんちんの震動で、おまんこまで震えちゃうっ! ビクビクって……ふ、震えちゃうぅっ!!」 「こんなに揺らされたら……はふっ、お潮、ま、まだ 出ちゃうじゃないっ、きゃふっ、中出しの震動、 すごいっ……あっふっ、おちんちん、すごいわぁっ!!」 放水はまだ続く。それだけお互い、気持ちを溜め込んでいたんだ。 「んっ、あっ、あっくぅ、あふっ、ひゃっ……!! おまんこだけじゃなくって……全身が震えちゃう……!」 「ゾクゾクしちゃうわ……はっふっ、イった後って、 んっくっふうっ……感覚が……狂うのぉ……あぁん」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「んっ、はふっ、はぁ、はぁ……やっと……はあ、 終わったわね……はふっ、はぁ、はぁ……」 「ああ……全部出し切った……はぁ、はぁ……」 繋がったままだが、それぞれの性器がようやくの落ち着きを取り戻した。 「はぁ……はぁ…………ねえ、期招来君……」 「……ん?」 「私の弱点……知っているんでしょう?」 「なんだよ、突然」 「言ってみなさいよぅ」 「足だろ?」 「くっふふふっ……! 今更嘘つかなくていいわよ」 嘘……か。 「そう……だよな」 「ねえ、どうして知ってるのかしら? あなたも 私のように、相手の心を読みとる事が出来るの?」 「まさか」 「いつから気付いていたの? 私の気持ちに……」 「……俺は志依みたいに察しの良い人間じゃない “そうだといいな”って思っただけだ」 「まあ、素敵な事言うのね」 「……俺の前では素直でいたいって言ってたな」 「そうありたいものだわ」 「じゃあ……質問していいか?」 「……ええ、構わないわ。特別に正直に答えてあげる」 少しだけ含みを持たせた笑み。 俺も同じ表情をさせたまま、問うた――        ――志依の弱点はなんですか?        私の弱点は――        あなたよ。ずっと前から そう言えば―― 足の事、聞きそびれちゃったな。 行為が終わったら、詳しく教えてもらうつもりだった。 まあいいか。改めて聞くタイミングなんてこれからいくらでもあるだろうから。 なにせ俺と志依は―― 「――ふあ~あ……」 当然だが、寝不足だ。 あの後、志依は自室に戻って……。 俺も、浮足立った気持ちのままシャワーを浴びてベッドに潜り込んだんだ。 でも、あんな事があった後じゃ眠れるわけもなく。 「…………頭がぼーっとする」 寝不足のせいか。 それとも一夜の幻想的な夢心地のせいか。 不思議な出来事だった。 「お……」 などと彼女の事を考えていたら、まさしく志依がそこに。 「しゅびどぅば夛里耶ちゃーん♪ しゅびどぅば猶猶ーん♪」 さらに後ろからもう一人。騒がしいヤツが現れた。 「あー、しぇー先輩、ちわっすー!」 「あら夛里耶さん。ちわっすなのだわ」 「今日もいい天気ですねえ。 猶の日頃の行いがいいからでしょうか」 「くふふっ、きっとそうに違いないわね」 いつも通りの志依だ。よかったよかった。 まあ、志依はそこら辺はちゃんとしてるだろうからな。昨夜あんな事があったとはいえ、それで動揺するようなタイプじゃないだろう。 「あ、那由太先輩、ちわっすー!」 「き、期招来君っ!?」 「わ、わわわっ!? 車椅子爆進しましたよっ!?」 「し、志依っ、急ぐと危ないぞっ!?」 「~~~~っ!」 「い、行っちゃいました……。 しぇー先輩……どうしたんでしょう……」 思いっ切り動揺してるじゃないか……! 「車椅子にあんなブースト機能あったんですねぇ」 「ああ、俺も驚きだ」 全く、驚きだ。志依があんなに慌てふためくなんて。 でも……人間味があって可愛いな。 「おはよう那由太」 「おお……おはよう」 「なーんか眠そうだねぇ」 「昨日あんま寝てなくってさ」 などと、よくある日常会話をしていると―― 寝れなかった原因が現れた。 「あ、あの……期招来君……」 「し、志依……」 「さっきはごめんなさい……そ、その……えっと……」 あからさまに戸惑っている。 そのせいでこっちまでどうしていいかわからない気持ちになる。 「昼休み……屋上に来て欲しいの」 「屋上……?」 「そこで、あなたに話したい事があるから」 話……。話ってなんだろう……。 「私の……足の事よ」 「あ…………」 昨日聞きそびれた話か。 生まれつき志依が患っている足の病気について。 「忘れずに……来てね」 きっと人前では話し辛い内容なのだろう。だから人の少ない屋上を指定したのだ。 「……わかった」 志依の生活の根底にある“不自由な足”の詳細をようやく聞く事が出来る。 それで俺ももっと志依の気持ちが理解出来るようになるかもしれない。心してその話を受け止めよう。 ――昼休みになった。 志依は……教室にはもういない。授業が終わり次第どこかへ行ってしまったようだ。 先に屋上に向かったか……それとも昼食を買いに行ったか……。 とりあえず、俺は屋上に向かおう。 さすがに屋上へ続く階段を上っている生徒はいない。 人が少ない方が好都合だ。志依も話しやすいだろう。 「ん…………?」 ふと、人影を感じた。 屋上の扉の前。最上段の踊り場に、誰か―― え……? 今、そこに誰か見えたような……。 「……………………」 誰もいない。見間違いか……? 一瞬だったけど……随分薄暗い雰囲気だった。あんな生徒、EDENにいたかな……。 まあ、先輩か後輩だろう。全生徒を把握しているわけでもないし、そもそも見間違いだったかもしれないし、そんなに気にするほどの事では―― 「…………関係無い」 「え…………」 声……? どこから……? 「多分…………関係無い……」 誰だ……? 「“これ”は……多分…………関係無い……」 何の話をしてる……? 「――っ!?」 “これ”――? その指示代名詞は、いったい何を指している――? 「“これ”は、ただの余興――」 「あ…………れ…………?」 声が消えた。妙な異質感も無くなった。 頭の奥に……不確かな痺れだけが残っている。 人影を見て、幻聴を聞いて……奇妙な頭痛の余韻だ。 疲れているのかもしれない。忘れよう。これから志依と大事な話をするんだ。 「………………」 深呼吸をして気を取り直した後、俺はゆっくりと屋上への扉を開いた―― 無人の世界に、やや冷たい風が素っ気なく靡いている。 「さっきの人は…………」 やっぱりいない。 俺とすれ違って階段を下りたとは思えないので、いるならここしかないと思うのだが……。 「……いない、よな」 改めて見回しても、人の気配はどこにもなかった。 「……………………」 「…………はあ」 ……何を考えてるんだ、俺は。 志依の話を聞きに、ここに来たんだ。 屋上に来てまず最初に志依を探さないでどうする? きっと真剣な話のはず。俺もきちんと心の準備を―― 「……………………」 「……………………は?」 「…………なんだよ、あれ……」 黒い箱だ。 意味ありげに、屋上の真ん中にポツンと置かれている。 誰かの忘れものだろうか。 「……………………」 妙な吸引力を感じる。 屋上の景観に不釣り合いなこの箱といい……、先ほどの奇妙な人影といい……。 俺は不思議な世界に迷い込んでしまったのではなかろうか。 「………………っ」 ――開けたい。 直感的に、そう感じた。 開けるだけだ。中に何が入っていようと構わない。 大金が入っていたところで、くすねたりするつもりはない。そんな下心は皆無だと誓う。 ただ、漠然と、単純に開けたいだけなんだ。 「………………」 なぜそんな不可思議な欲求に苛まれたのか自分でもよくわからなかったけど……。 %b0%s0%e0%136;#00ffffff; ――俺は、その箱を開いた。 %b0%s0%e0#00ffffff; 「……………………」 %b0%s0%e0#00ffffff;  「……………………」 %b0%s0%e0#00ffffff;   「………………は?」 %b0%s0%e0%136;#00ffffff;    “また”目が合った――            ――空を飛んでいる。           ――また、空を飛んでいる。        これはよくある事だ。自分はよく空を飛ぶ。         背中に羽根が生えているんだと思う。        自分で自分の背中を見る事は出来ない。       だから自分はその羽根を確認する事が出来ない。       誰かに見てもらいたい。触ってもらいたい。            この羽根の色を。           この羽根の触り心地を。           この羽根の温もりを。        そんな事を考えている時は決まって――           いつもそのまま落下する―― 「はいっ、片付け終わりっ!」 大した作業では無かったせいか、そこまでの解放感はない。 なにせ、“全員”でやったから。 こんな大人数で片付けをしたら、そりゃああっという間に終わるに決まってる。 「飾りが入った段ボール、これどうしましょうか?」 「捨てるの勿体無いよねぇ。また使うかもしれないし」 「でも……転入生なんてそうそう来ないわよ」 「思い出の品として、どっかに保管しておこうよー」 「でしたら……体育倉庫に置いてもらうというのは いかがでしょうか? あそこでしたらスペースが まだあったはず……」 「いいアイデアです、彬白先輩っ」 「あ、じゃあ私先生に聞いて来るよ。行こっ、お姉ちゃん」 「はいはい。わかったわよ」 「それじゃあそれまでこの段ボールは……はいっ」 「ふぇ? なんであたしが持つの?」 「なんとなく」 「なんだよそれぇ!?」 「でしたらこっちも……はい、どうぞ♪」 「って俺かよっ!?」 ――天使島。 ――この島に住む者達が、天使だから。 「――那由太。このまま帰るか?」 「んー、どうしよっかな」 「ゲーセン寄ってこうぜ。見せたいウル技があるんだよ。 勝率100%なんだ」 「格ゲーか?」 「いや、メダルゲー」 「それもう多分違反行為じゃん」            天使には羽根がある。            俺達には羽根がある。           俺達は空を飛ぶ事が出来る。          ごくまれに、落下する事がある――           ――この世界は、楽園である。        無垢な天使が舞い、崇高の羽が祝福している。         歓喜に覆われた世界は、平和そのものだ。           この世界は、楽園である―― 目を開くと、そこにはいつもの光景。 いつもの仲間。いつもの会話。 相変わらずの日常だ。 「……ふう」 飾り付けの花を全て段ボールにしまい込む。 これで大体片付いたかな? 「うん、綺麗になったじゃん! 皆お疲れー!」 「案外早く終わったわね」 「皆さんでやればあっという間です」 「まだ下校時刻まで時間あるね……。 少し部室寄ってこっか?」 「おお! まこちーがやる気だー!」 「俺は……帰って執筆かな」 「ゆっふぃんせんぱーい! 帰り、一緒にどっか寄ってきましょー!」 「うん、そうだね。たりたりちゃん今日いっぱい 頑張ったから……お姉さんが何か奢ってあげる!」 「わーい!」 「お兄さんでしょ」 「お姉ちゃん、私達もどっかで何か食べてから帰ろっか」 「そうね……たまにはそれもいいかもしれないわね」 「あー……かったりぃ。片付けとか誰か適当に やっとけよなー……さっさと帰ろーっと」 「私は一応先生方に片付けが終わった事を 報告しに行ってきますわ」 「私も行くわ」 「……………………」 皆、思い思いの様子でゆっくりと歩き出す。 「さて……俺も帰るとするか……」 とはいえ、急いで帰宅する必要は無い。 適当にぶらついてから帰ろう―― 下駄箱で、羽瀬の姿を見つけた。 「よう。もう帰るのか?」 「ああ。〆切が近いんだ」 羽瀬久次来。変態で変人。 一応友人だが、もし自分が女子だったら危険度ナンバーワンの男子生徒として、距離を置きつつマークしている事だろう。 一見穏やかで紳士的に思えるが、その実、それほどまでにイっちゃってる男なのだ、こいつは。 「小説か?」 「いや、今度はエロゲー」 「おお……こりゃまた凄そうだ……!」 羽瀬の変人生活の一面を紹介すると、こいつは“応募フェチ”なのだ。 募集されていないのに、自分の執筆物を出版社や新聞社、マスコミ業界に送り付ける趣味がある。 当然相手にされない事ばかりなのだが、それはそれで構わない、と本人の弁。 文章を書いて、それを業界関係者に送るという行為が楽しいらしい。そこに相手の評価はいらないのだとか。 「いい作品になりそうなんだ。なにせコンセプトが良い。 実にセンセーショナルだ」 「そ、そうですか……」 変人の書くエロゲーの内容なんてド抜けた変態作品に違いない。 詳細を聞かされたら負けだ。適当にあしらう。 「むしろ心配ですらあるんだ。 あまりにも作品が高尚過ぎて、先方から ついに連絡をもらってしまうかもしれない」 「そんな自信作なのか」 「欠点が見当たらなくて怖い……と言っておこうか。 俺はもしかしたらとんでもないものを 生み出してしまったのかと……」 そこまで言えるのも、変人としてゆえか。 「でもお前、自分の作品にいつも自信もって 送り付けてるよな」 「当然だ。我が子に胸を張らない親がどこにいる」 「で、たまには先方から返信来たりするわけ?」 「いや。今までは一度も」 「……………………」 なのになぜ今回も自信満々で作品を送り付け、今度こそ制作会社から返信がもらえると思ってるんだ? その一方的な自信が恐ろしいよ俺は。 「さて、俺はそろそろ行くとする。 世紀の驚愕イチャラブエログロ萌えゲーが 作者の筆を今か今かと待っているからね」 「……うまくいくといいな」 「絶頂の“イク”とかけてるのか。 まったく。ユニークな男だよ那由太は」 言い返すまい。やっぱうまくいかないといいな。 「それじゃあな」 クールに歩き去る羽瀬を見ると、いつも思う。 人間、頭のネジを落としたらおしまいだな、と。 屋上へと続く階段を上り―― 扉を開くと、外から紅色の空気がふわりと舞い込んできた。 夕暮れ時の心地良いそよ風に、心が自然と落ち着いていく。 「よー! 那由太君っ!」 そんな安らぎが、明るく元気な声に上書きされた。 「どうも」 「屋上なんか来て、どうしたの?」 元気だが、煩わしさの無いその声の主は、姫市天美。 朗らかで嫌味の無い、誰からも好かれるクラスメイトだ。 「いや、なんとなくだよ。 天美こそこんなところで何やってるんだ?」 「お嬢様はたまにこうしてここでよく夕焼けを 眺めるんです」 そう答えたのは、天美専属メイドのフーカ・マリネット。 一般生徒が本来着用する指定の制服とは異なるメイド服が異彩を放つが、彼女もEDENの生徒である。 二人は同じ学年・同じクラスにいながら、メイドと主という主従関係で繋がっている。 なぜフーカだけメイド服が許されているのかはよく知らない。姫市家の財力が関与しているのかもしれないな。 「夕焼けを眺めるのが好きなのか。随分風流だな」 「……というよりね、下校する前に一度その日の 出来事とか、思い出とか……そういうのを しっかり心に刻みたいの」 「今日の歓迎会……すごく楽しかったでしょ? だから、忘れたくないなって思って」 夕暮れの山吹色に呼応するような薄紅色の唇が言葉を紡ぐ。 「私達は学生としてEDENに通って……いずれ卒業して、 皆離れ離れになっちゃう。それは避けられない事だよね」 「でも、思い出も一緒に手放したくないんだ。 ここで過ごしたこの時間は、いつまでも大切に していたい」 「そのためには、そうするための“意志”が 必要なのかなって」 「………………」 丁寧に揺れるその唇に見蕩れたおかげで、俺の思考は彼女の言葉に到達できなかった。 意志……か。思い出を大切にするための……意志。 「瞑想するためには、少しの静寂と少しの時間を要します」 「お嬢様にとって、この場所が心を安らぐために 最も適した環境だという事です」 「少しだけ、人に優しくなるための工夫なの」 「…………そう、なんだ」 難しい話にも聞こえる。 でもそれ以上に、尊ぶべき行動のように思えた。 「……凄いんだな、天美は」 「えへへ、やめてよぉ……! 恥ずかしいじゃん」 柔らかいハニカミに、いつもの明るい少女を見た。 「フーカも、わざわざついて来なくたっていいんだよ? 先に帰っててくれていいのに」 「お嬢様のお傍にいる事。それがメイドの大原則です」 「……というか、ワタシがいないと寄り道して 買い食いしますよね?」 「――ぐっ……!」 あ。今のでこれまでの“なんとなくいい事言ってるっぽい雰囲気”がぶっ壊れた。 「そ、そういう話は今しないでよぉっ!」 「ですが事実です」 「んもうっ! せっかく那由太君の前でいい感じに カッコつけられてたのにぃっ!! フーカのバカぁ!」 もう完全にいつもの天美だ。 「ははは」 「那由太君も笑わないでよぉ!」 天美らしい顔を見て、少し安心した。 夕焼けに照らされたその横顔にドキッとしたのは、気のせいという事にしておこう。 「瞑想の邪魔したな。それじゃあ俺はもう行くよ」 「うんっ。また明日ね」 「お嬢様が一人で買い食いしてるとこを見つけたら、 是非ワタシにご一報くださいね」 「フーカってばあっ!!」 主として天美の方が立場は上のはずだが。 同年代の女の子としてはフーカの方が一枚上手のようだ。 音楽室の前を通ると、中で楽しそうに会話をしている三人娘の姿を見つけた。 「あ、期招来君。いらっしゃい」 迎え入れてくれたのは、木ノ葉まころと―― 「ちょうど期招来君の話をしてたんだよー」 ――安楽村晦。 「……ふん」 高梨子小鳥は相変わらずぶっきらぼうな表情だ。 「俺の話って?」 「男子が入部してくれたら嬉しいな、って」 「ああ、なるほど」 合唱部は現在絶賛部員募集中。なにせ部員は彼女達三人だけなのだ。 「三人だけじゃ出来る事も限られちゃうからねー」 三人も四人も変わらないように思うけど……。 「まあ三人は寂しいよな。 いつも合唱部って何してるんだ?」 「皆でお喋りしてるよ、とっても楽しいの」 「え……歌の練習は?」 「さすがに三人じゃ合唱は難しいよー」 「……………………」 そんな適当なノリだったのか……。 「でも、お喋りするだけだったらなおさら男は入り辛いな」 「そんな事ないよ? わたしは期招来君が一緒でも 楽しいと思うんだけどな」 「あ、でもことちーが嫌がるかもねー。 ことちー、男子嫌いだから」 「べ、別に嫌いってわけじゃないけどっ……」 まあ、こいつに関しては仲良くお喋り出来る自信は無い。 「ちゃ、ちゃんと合唱の練習に参加してくれるなら 特別に入部を許可してあげてもいいんだからね……!」 「いや、そもそも練習してないじゃんか」 「ゔゔ……そうなのよねぇ……」 「まあいいじゃない小鳥ちゃん。お喋りも楽しいんだし」 「あんたねえ。そんなんだからロクに練習に 取り組めないのよ。ここが合唱部だって事 忘れてるんじゃないの?」 「まーまー喧嘩しないのことちー」 「私は……まこが不真面目な事ばっか言うから……。 っていうかあんたもよおみそ!」 「えへへ……でも皆で仲良くお喋りする部活も楽しいよ?」 「それはそうかもしれないけど…… 私は合唱がやりたくってここに……」 ……三人の会話を聞く限り、やはりというか、小鳥は真面目に部活動に勤しみたい様子だ。 とはいえ、部員数の問題もあってそれは難しいのだろう。仕方なく日常系アニメのごときヌルいダベり部の様相に甘んじているみたいだ。 「そういうわけだから期招来。 あんた、うちに入部したがってる誰かいたら 連れて来なさいよ」 「え、俺が?」 「期待してるよー。期招来君顔広いしね」 「そんな事ないけどな……」 「べ、別にあんたが入部するっていうんなら…… それでも……か、構わないけどっ…………」 「わあ! ことちーすっごい! もはや古き良きって感じだね!」 「ふふっ、小鳥ちゃんそういうところが可愛いよね」 「う、うるさいわねっ、何の話よっ!」 顔を真っ赤にして反論する小鳥をニヤニヤ顔で観察するまころと晦。 これ以上かかわると明日小鳥から“ちょっと多く作った”という理由で手作りのお弁当を渡されかねないので、そろそろ退散しよう。 廊下を歩いていると、職員室から彬白先輩と志依が出てくるのを見かけた。 「あら、那由太君」 「まだ帰ってなかったのね」 「先生方に歓迎会の片付けが済んだ事をお知らせして いました。教室をあんなに派手にしてしまったので…… 一応の報告、という事で」 とまあ気が利く性格の彬白夜々萌先輩。 俺達よりも一つ学年が上だが、年上として威張る事無く穏やかに後輩に接してくれている。 今回も歓迎会の準備片付けを積極的に手伝ってくれた。面倒見のいいお姉さんって感じだ。 「期招来君は何をしてるのかしら?」 「いや、特に何か用があるってわけじゃない。 ぶらぶらしてるだけだよ」 車椅子に座ったまま落ち着きを崩さない彼女は、黒蝶沼志依。 生まれつき足が悪く、いつも車椅子で生活している。EDENと病院の往復で、遅刻や欠席も多い彼女だが、その点は教師陣に理解されている。 しかし志依の特徴は不自由な足ではなく、なんといってもその洞察力。 相手の心を感じ、読み、察し、全てを理解する。 魔術や妖術がこの世にあるとすれば、彼女はその力の使い手に違いない。 「志依さんにも一緒に来てもらったんですの」 「先生達、私には甘いから」 「そりゃそうだろうな」 足の事があるから強く出られないし、なによりもそのエスパー能力のせいで口の立つ大人でも言い負かされてしまう。 志依の存在は、交渉や報告にはぴったりなのかもしれない。 「……ん?」 「……げ!」 丁度そこに霍が通りかかった。 叶深霍。いつも一人で行動しようとしているが、その弄られ体質のせいで誰かしらに絡まれているヘタレ少女だ。 不良に憧れているらしく、いつも頑張って悪ぶる努力をしているようだが……小さな子が無理して背伸びしているようにしか見えないんだよな。 「あら。可愛いオモチャの登場ね」 「お、オモチャってあたしの事ぉ!?」 「くふふ。それ以外に誰がいるのかしら?」 「ぐぬぬ……黒蝶沼め……!」 志依と霍はなぜかライバル関係にあるらしく、しょっちゅうこうして対立をしている。 が―― 「叶深さん、ちゃんと歓迎会の片付けに参加してたわね。 準備もちゃんとやっていたし……案外協調性があるのね」 「ふ、ふんだ! 別に……他にやる事なかったから……」 「不良だったらあんな事しないものよ? 皆と足並みを揃えるだなんて不良らしくないわ」 「あう……そ、そっか……確かに……」 「そんな事にも気付かずに言われるがまま準備と片付け をこなして……あなたって本当に流されやすい人ね」 「なんだとー!」 ――このように、いつも霍が志依の手の上で踊らされてしまう結果となる。 当然だ。頭の回転の速い志依に対して、霍はあまりにも愚直で分かりやす過ぎる。 まさに格好の餌食。ライバル関係とはいえ、基本的に一方的なのだ。 「ですが、皆と一緒にお手伝いしてくれたからとっても 助かりましたわ。霍ちゃん、いい子いい子」 「いい子じゃないもん! 悪い子目指してるのにぃ! 嬉しくないよっ!」 「はいはい、にわかわにわかわ」 「うっさいっ、にわかわ言うな~~!」 「にわかわ、にわかわ」 「子ども扱いすな~~~っ!! バカじゃんバカじゃん~~っ!!」 年上の彬白先輩からしても、霍は扱いやすいキャラなんだろうなぁ……。 普段は運動部が部活練習をしている校庭だが、さすがにもうこの時間だとさほど活気付いていない。 運動部といえば―― 「あれ、那由太じゃん」 四十九筮も運動部に所属している。 「筮。部活か?」 「ううん、もう部活は終わってた。 一応、挨拶だけでもって思って顔出したんだ」 なるほど。だから体育館の方から歩いてきたのか。 「部活の調子はどうだ?」 「うん、絶好調だよ! 今日は歓迎会の片付けで 休んじゃったけどね」 「一日休むと身体がうずうずしちゃうくらい! あー、明日は朝練頑張ろーっと!」 さすが筮。活動的で疲れを知らない。 「那由太も運動部入れば? 身体動かさないとなまっちゃうでしょ?」 「いや、俺は体育だけで十分だ。 そんな運動神経いいわけでもないし」 「ジジイみたいな事言ってんなって。 汗かいて青春するのも面白いもんだよ?」 などと熱血ワードを平然と口にするも、筮が言うとなぜか爽やかに感じるから不思議だ。 「うちのクラスの男子って、文化系が多いんだよねー。 那由太は帰宅部だし、羽瀬はなんかいっつもカリカリ 文書いてるし」 「メガはどうだ? あいつ結構スポーツできそうな気がするぞ?」 「あいつはダメ。バカだから。バカはスポーツできないの」 脳筋ってヤツか。しかし辛辣だな。 「つってもあたしもそんなに頭いいわけじゃないけどね。 この前のテスト赤点ギリギリだったし……」 「――って事で那由太! 数学の課題写させて~!!」 「――ひでぶー!」 女子とはいえ、筮とはなぜかこんな感じに軽いスキンシップが出来てしまう。 というか、ノリがほとんど男子だからかな。活発で大雑把で、あんまりお淑やかじゃないし。 「俺も数学最近ヤバ目だから、今度皆で勉強会しようぜ」 「ナイス! 部活無い日にしてね!」 そう言いながら立ち去る筮。 決して挫けず、元気を絶やさないスポーツ少女。 本人には絶対に言ったりはしないが、筮も結構脳筋タイプだよな……と思う。 教室に戻ると、玖塚姉妹が二人っきりで何かをしていた。 「あ、期招来君だ」 「あら期招来。忘れ物?」 「いや。そういうわけじゃないんだけどな。 二人は何してるんだ?」 「数学の課題をやってるの」 「え、なんでまた。帰ってからやればいいじゃないか」 「今日は歓迎会とかそのお片付けとか色々あったから、 帰ったらすぐに寝ちゃいそうで……」 「だから今のうちに終わらせて、 一緒に夕飯食べて帰ろうって事にしたのよ」 「夕飯作る気力もない気分だよ……」 なるほど、それで教室で自習してるのか。 「……食事はつつじ子が作ってるのか?」 「うん。私、お料理得意なんだ」 「ま、家事は上手そうだもんな」 「ふん。どうせ私はお料理下手糞ですよーだ」 「そうは言ってないって」 「お姉ちゃんは一人で何でも出来ちゃうから……。 せめてお料理くらいは力になりたいなって」 健気な妹だ。 「……で、代わりに勉強は私が見てるってわけ」 「お姉ちゃん頭いいから」 「あんたがバカなのよ。ほら、続きやるわよ」 この二人は、いつも一緒で姉妹仲もよい。 面倒見のいい姉のあざみ子がつつじ子に勉強を教え、料理が得意な妹のつつじ子が代わりに食事を作る。 互いに互いの欠点を埋めて、支え合っている。実にいい関係だと思う。 「俺はそろそろ行くよ。邪魔しちゃ悪いし」 「うん。また明日ね、期招来君」 「よそ見しない!」 二人の和やかなやり取りを聞きながら、俺は教室を後にした―― 校門で、御伽&猶猶コンビを見つけた。 「あ、那由太君。那由太君も一緒に行く?」 「どこに?」 「商店街に新しく出来た喫茶店ですよ! 猶、ずっと行ってみたくて」 「こんな時間から遊びに行くのか? 二人とも元気だなぁ」 「だって……帰ったところで特にやる事も無いしね」 「まあそうですよね。 一旦帰っちゃうと外出るの面倒ですし」 外出届出さないといけないんだもんな。 「那由太君、一緒に行こうよ。 女の子二人に囲まれて、ハーレムだよ?」 「いや違うだろ。男二女一で猶猶の逆ハーレムだ」 「いやん♪」 御伽はこう見えて男性だ。 胸の膨らみは無い(はずだ)し、あそこにはアレが生えている(はず)。(さすがに確認したわけではない) しかし、彼は女子用の制服を着用し、女子トイレや女子更衣室を利用し、女子体育の授業に参加している。 EDEN公認の“男の娘”というわけだ。なぜ許されているのか知らんが。 「二人とも仲良いよな。学年も性別も違うのに」 「人間って、違う部分が多ければ多いほど、 案外惹かれあったりするものなんだよ?」 「じゃあ二人は付き合ってるのか?」 「まさかぁ! 私達女同士だよ? 女同士で付き合うなんて……レズじゃんかぁ!」 「そ、そこら辺は難しい問題なので猶は ノーコメントにしておきます……」 だそうだ。猶猶は一応、御伽の事を“女子”として慕っているらしい。まあもっと大きく“変な人”という認識なのかもしれないが。 「……ん?」 「あ、メガ君」 「……なんだてめえら。邪魔だ、どけ」 飯槻メガ。クラス一の問題児。わかりやすくいうと不良。 なのだが、案外人付き合いがよかったりして、周囲から孤立している、という事は無い様子だ。 今回だって歓迎会の準備片付けを文句を言いつつもなんだかんだ手伝ってくれていた。 もちろんそれというのは―― 「メガ君。私達と一緒に喫茶店行く?」 「えー! 飯槻先輩と一緒は嫌ですよー! この人乱暴なんですもん」 「てめえ本人を前にしてそういう事堂々と 言うんじゃねえ! 少しは怖がれ!」 「つーか誰が行くか! 女男と生意気後輩と茶店なんて 死んでもごめんだぜ」 「夜々萌先輩も来るんだよ?」 「ちょっと待ってろ。タキシードに着替えて来る」 「嘘だよん」 「てめえゆっふぃん、不良なめてんじゃねーぞこらぁ!!」 ――この通り、メガは彬白先輩にメロメロなのだ。 歓迎会の手伝いも彬白先輩に促されたからに違いない。 見た目は凶悪で手つきは凶暴なメガだが、その特性を知っておくと何かと扱いやすいキャラクターとして生まれ変わる。 「おい期招来。てめえ今失礼な事考えてただろ」 「いや、別に。どちらかというと、 お前を誉めるような事考えてたよ」 「ち……どいつもこいつもふざけやがって」 挨拶も無しに去っていくメガ。ポケットに忍ばせたその握り拳が、いつか俺達に向けて振り下ろされる日が来るのだろうか。 「さて……私達もそろそろ行こっか」 「はい。そうですね。門限もありますし」 「んじゃあね、那由太君。デートはまた今度改めて」 「那由太先輩、また明日でーす!」 二人もすぐに行ってしまった。 さて、俺はどうするか―― 校門を出て、帰路を歩く。 といっても、目的地まであっという間だ。 どこかへ寄る必要も無いだろう。今日は色々あった。直帰して、身体を休めたいと思う。 海に囲まれたこの孤島にやって来た転入生。歓迎会を楽しんでくれていた様子だ。きっと上手く皆となじめる事だろう。 この島での生活も、この寮での生活も、きっとすぐ慣れる―― “《らくえんらん》楽園欒”―― EDENに通う生徒達が住まう大型寮だ。 そもそもこの“天使島”は無人島だった。そこを政府が開拓し、居住可能な島に作り上げたのだ。 この島の歴史はまだ浅い。多くの人が本土からやって来ている。 EDENが全寮制なのは、そういった理由もある。親元を離れて単身で入学している生徒がほとんどだ。 そういった生徒を収容するために、楽園欒は存在する。俺達の家であり、心を落ち着けられる場所なのだ。 いつものように、自室へと続く廊下を歩く。 個室には、風呂・トイレ・キッチンなどが完備され、部屋の中だけで問題無く生活できるようになっている。 ちなみに寮の消灯時間は決められているが、守っている生徒は少ない。人目を盗んでこっそり友人の部屋へ行き来したりしている生徒が大勢だ。 とはいえ正面口の門限はあるので、その時間内に帰寮しないといけないし、その時間を超えて寮長に内緒で外出する事は難しい。 消灯時間と門限は共に22時。それ以内に帰宅し、自室にこもるべし。 「……ふう」 ようやく一息つける。 共用の食堂はまだこの時間ならやってるから、そこで何かを食べてもいいし、適当に自炊してもいいな。 いや、それよりもまず―― 「……疲れた」 ベッドへダイブ。 「とにかく今は……寝たい」 早朝の歓迎会の最終準備、放課後の歓迎会の片付け。 長い一日だった。明日に備えてこのままゆっくりしよう。 「……………………」 「でも……楽しかったな……」 何気ない日常に、有難みを感じる時がたまにある。 当然のように誰かと会話を交わして、当然のように誰かと触れ合って。 当然のように呼吸をして、当然のように生きている。 誰に感謝するわけでもない。 その当然を噛み締めて、幸せに思っているだけ。 EDENには、その当然が満ちている。 まさしく楽園だ。 いつまでも、この世界が続きますように―― 「よし……じゃあさっさと片付け始めようぜ」 飾りを収納する段ボールは準備した。 皆で手分けして作業したらきっとすぐに終わるだろう。 「けっ……てめえが仕切んなや」 「よし……じゃあさっさと片付け始めようぜ」 「てめえも仕切んなや!」 「ほらほらメガ君、喋ってないで手動かす」 「ああ!? 俺も手伝うのかよ!?」 「そりゃそうだよん。ねー? 夜々萌先輩っ」 「うふふっ、そうですわね。 メガ君、一緒に頑張りましょう?」 「は、はいっ……!」 「飯槻……単純なヤツー……。あたしもう帰るもんね」 「叶深さん。あっちの装飾を全部この段ボールに しまえたら、不良レベルが上がるわよ」 「マジでっ!?」 「霍ちゃん……単純だよぉ……」 「みそみたいね」 「なんだとー」 「あ、でもちょっとわかるよ。 みそちちょっとおバカだもんね」 「ひーん、まこちーにバカって言われたー!! びえ~~~~~んんっ!!」 「ふふっ、よしよし、いい子いい子。みそち可愛い♪」 「あ、つつじ子さん。こちらの椅子を 支えていただけますか?」 「あ、うん。わかったよ」 「さすがメイドさん……テキパキしてるわね」 「でしょ? どやどや!」 「やっぱり……フーカさんがいると楽? お掃除とかお洗濯とか」 「ところがどっこい、その逆でねぇ。 フーカってば家事全然出来なくて。 実は私の方がフーカの面倒見てあげてる関係なのよ」 「えー、意外ー!」 「そんなわけないじゃありませんか。 お嬢様、バカな事言ってないで手伝ってくださいっ!」 「ひーん、フーカにバカって言われたー!! びえ~~~~~んんっ!!」 「あはは…………」 「フーカさん……天美さん相手でも手厳しいなぁ……」 「えっと……こっちの荷物は……」 「俺が運ぶよ」 「あ、那由太先輩。ありがとうございますー」 「…………ん? どうしたんですか? ニヤニヤして。変態ごっこですか?」 「…………いや、ちょっとな」 皆で何かをするのって、いいなって思う。 歓迎会の準備も楽しかった。歓迎会そのものも大成功だった。 そしてその片付けも……こうして賑々しく行われている。 「なんかこういうのっていいよな?」 「こういうの?」 「上手く言えないけどさ。なんというか……」 「あー、はい。そうですね。 先輩が言おうとしてる事、なんとなくわかります」 「なんか、仲間って感じがします!」 仲間……。 仲間、か。 なるほどな。しっくりくる。 友達とか親友とか……そういうものも全部ひっくるめて。 ――仲間。 EDENが楽園と呼ばれるのは。 この島に天使が溢れているのは。 そう言った理由からかもしれない。 色んなヤツがいて、それぞれの人生があって。 でもこうして交わった際に仲間となれるのは。 俺達が天使で、ここが楽園だからなのだろう―― 「ん…………」 翌朝。 窓から差し込む陽射しが、今日一日の晴天を予言してくれている。 「……起きて準備するかぁ」 前日の楽しい思い出を心のどこかにまだ灯しながら、俺は寮を出て登校した。 まだ眠気を残しつつぼんやり歩いていると、前方に―― 無防備極まりない不良の卵を見つけた。 「ピーンポーン!」 「あっへえっ!?」 「なんだよ今の絶頂ボイスは」 「だ、だって……いきなしつむじググーって ピンポンするからぁ」 やっぱリアクション面白いよな、こいつ。 「つか何ぃ……? 何の用だよぅ……」 「いや、別に用とかないけど。 クラスメイト見つけたから挨拶しただけ」 「挨拶でつむじ押したらダメなんだぞぉ……。 ハゲちゃうんだもん……」 思わずちょっかい出したくなるくらい、ぼけーっと歩いてたもんで。 不良を志している者としては、あまりにも覇気のない体たらくっぷりだったのだ。 「不良になるために今日も頑張ってるか?」 「ま、まあね……」 「で、どうだ? 不良になれそうか?」 「う、うん……多分……」 「そもそもなんで不良なんか目指してるんだ?」 「べ、別にいいじゃんかぁ! つか何でついてきてんの!? 隣歩くなよぅ!」 目的地が一緒なんだから、そりゃこうなるに決まってる。 「おまえいっつも独りだよな」 「ふ、ふん……不良ってそういうもんだもん」 そうか……? なんか群れてるイメージがあるが。 「友達いないの?」 「う、うう……うるさいなー! バカじゃんバカじゃん! 期招来には関係ないじゃんっ!」 セリフの頭に必ず同じ文字を重ねるなこいつは。コミュ障まったなし。 「普通にしてりゃ友達も出来るだろうに」 「友達とか…………別にいらないもんねっ」 早足で逃げられてしまった。 「………………」 友達……余計なお世話だったかな。 でもつい口出ししてしまった。 昨日、仲間というものを意識したせいだろうか。まだ少し、クサい感情が残っているのかもしれない。 「でもなぁ……」 「………………」 やっぱり、今朝も一人。 誰ともかかわらず、誰とも目を合わせず。 一人でボーっと無防備な姿を晒し続けている。 で―― 思い出したかのように悪ぶった顔を試して―― 普通の顔に戻る……と。 不良の練習のつもりだろうか。健気に顔芸を繰り返しているのだ。 そんな霍を見てると、どうしても考えてしまうんだ。 余計な事かもしれないけど……。でも、ついつい……考えてしまうんだ。 「出席をとります」 無理して悪ぶったりしてなけりゃ、きっと友達に恵まれるだろうに。 俺はそう確信している。 なぜならば―― 「おっ昼ーーーっ!!」 「今日も元気だねぇ、猶っちは」 「今日はわたし達も教室で食べよっか」 「わぁ、珍しいね。じゃあいっぱい机移動させなきゃ」 「えっと……ワタシとお嬢様と…… 猶猶さん、ゆっふぃんさん、羽瀬さん……」 「それに合唱部三人娘と……那由太君もお弁当だよね?」 「ああ」 「じゃあ9人かしら」 「隊長! 10人目を確保しました!」 「なんだこらー、なんだー!」 これ以上ないくらいの可愛い威嚇で凄んでいる霍が運ばれてきた。 「よし、じゃあ10個分の机をくっつけよう!」 「ええっ!? あたしあんたらと一緒にご飯食べんの!?」 「いいじゃん別に。どうせ一人で食べる気だったんでしょ? だったら皆で食べた方が楽しいよ」 「み、皆でとか……あたし不良だからそういうのは……」 「はいはい、にわかわにわかわ」 「うひぃ…………」 ――とまあ、こんな感じで霍は皆から容易く手懐けられている。 こいつが誰かと行動を共にするのが苦手な事くらい、俺も含めて皆当然把握している。 だからこちらから手を差し伸べているんだ。そうする事で仲良くなれるように。 霍はそんな皆の接し方にいつも困惑している。皆もそれを感じて遠慮するかと思いきや……。 「はい霍ちゃんあーん……」 「やめれー……! なんでじゃー……!」 むしろもっと構いたくなってしまう。霍を弄った時のリアクションが面白過ぎるからだ。 「どう、美味しい?」 「もぐもぐ……あー、美味しいかもー……♪」 「可愛いよね、霍ちゃん。にわかわいい……♪」 「って、うう……また可愛いって言われたぁ……! あたし不良なのにぃ……」 こんな感じで霍は、いつも誰かに無理矢理引っ張られて、皆の輪の中に巻き込まれている。 だから、霍が素直に皆を受け入れさえすれば、いくらでも友達を作る事は可能だと思うのだ。 無理して悪ぶって、孤独な不良に憧れて。それが友達作りを邪魔しているのであれば、不良なんか目指さなくていいと思うんだがなぁ……。 放課後。 今朝同様、不良という印象からあまりにもかけ離れたぼけーっとした表情で廊下を歩く霍の姿を見かけた。 なんか……つい構いたくなっちゃうんだよな。この後別に用事もないし、声かけて一緒に帰るとするか。 「あれ……?」 霍のヤツ、下駄箱に向かわずに階段を上って行ったぞ……? 「どこ行くんだ……?」 ……………………。 …………気になるな。 「よし、追いかけてみよう」 と決意したところで……。 意外な人物から声をかけられた。 「おい期招来」 「メガ……どうかしたのか?」 「てめえ、こんくらいのバッジ見かけなかったか?」 「バッジ? うーん…………いや、見てないな」 「ち……使えねえ」 「なんだよ、落し物か?」 「ああ、まあな」 どうやらメガは手のひらサイズのバッジを探しているらしい。 「どこで落としたんだ?」 「わかんね。朝はあったはずだから…… たぶん教室か廊下だと思うんだけどよ」 「そうか。もし見つけたら教えるよ」 「そうしろや」 「しかしバッジねえ……。 メガってそういう小物が好きなんだな」 「好きっつーか……あれだ、記念品ってヤツだ」 「記念品?」 「この島に来る前によー、俺ちょっとヤンチャしてた んだけどよ。そん時の連中と作ったバッジなんだよ。 ダチの証っつーか?」 「へー……」 ヤンチャという言葉はあまり穏やかではないが……メガって意外と友情を重んじる男のようだ。 「そんな大切なものだったのか。 それを無くしただなんて、大変じゃないか」 「いんや、もうそういう遊びは卒業したし、 ツルんでたヤツとは会ってねーから。 無きゃ無いで別にいーのよ」 「あ、そう」 意外と過去に縛られない男のようだ。薄情とも言う。 「ま、見つかったらでいーんで声かけろや。んじゃな」 立ち去っていくメガ。 「えーっと……ああ、そうそう。霍を追うんだった」 霍は……確かこの階段を上って行ったはず。 彼女が行き着く先は、おそらく―― ――ここだろう。 ほら、やっぱり。 「――こら、何してるんだっ!!」 「ぶっひぇーーーーっ!!?」 「って、期招来かよぉっ……!」 「また引っ掛かったな」 驚いて落としてしまったタバコを拾い上げ、銀紙から中身を取り出す。 「……喫煙中か」 「……あんたも一本吸う?」 「そうだな。もらおうかな」 「……ん」 箱から渡された一本を口に咥えて……。 「ぽりぽり」 「ぽりぽり」 二人してネズミの如く齧り尽した。 「結構苦いよな、これ」 「ビターだかんね」 「苦いのが好きなのか?」 「い、いや……甘党だけど……。 苦いの食べてるのって、なんか不良っぽいじゃん」 どういうイメージだよ。 「なあ、霍……」 「……んー?」 お互い視線を合わせず、ぼんやりと遠くの空を眺めながら短い言葉を交わす。 「皆から構われるのは迷惑か?」 「えぇ……何いきなり……」 「少しは楽しそうにしろよ」 「……ちっとも楽しくないもん」 「……嫌なのか?」 「やだよぅ……。すごく迷惑してるんだから。 あたしは一人になりたいの。友達とかいらんし」 「不良になるためか?」 「ん……まあ」 少しだけ歯切れが悪いのは、それだけが理由じゃないからだろう。 他人との接し方がわからないんだ。だから霍は意地を張ってしまう。 そうならないようにするには……やっぱり、無理してでも他人とかかわるようにするべきだと思うんだけどな。 「あたし不良キャラなのに……皆からあんまり 怖がられてないのが……ちょっとムカつく」 「自覚あったのか」 指摘するならば、“あんまり”ではなく“まったく”だ。 「お前に不良キャラは似合わないんだよ」 「なんだとーぅ、こらぁーっ! バカじゃんバカじゃん!」 こ、怖くない…………! 「というかさ、なんでそんな不良になりたがってるんだよ」 「む……別にいいじゃんか。あんたに関係無いでしょー」 「言わないと押すぞ?」 「ういぃーっ!? どこをー!?」 「つむじ」 「ひぃ!」 両手で頭のてっぺんを咄嗟に防ぐ霍。まるで子供だ。 「不良になりたがってる理由、教えろよ」 「ふ、ふんだ。あっちいけー! しっしっ!」 「その手の上からつむじ押すぞ。つむじへこますぞ」 「ひえ~っ!」 両手で頭を押さえたまま、その場をパタパタと走り回っている。 さすがリアクション王。弄り甲斐がある。 「言うまで帰らないからな」 「なんだよぅ、構うなよぅ……!」 霍にだって話したくない事の一つや二つあるだろうさ。それを無理矢理聞くなんて不躾だってわかってる。 でも、聞きたいんだ。知りたいんだ。普段自分を明かす事のない彼女の、秘められた真意を。 そして言いたがらない事を言わせようとする事で、霍のリアクションを楽しむという目的も多々あったり。 「……誰にも言わないからさ」 「うう……ひぅぅ……」 「な……?」 「……ホント? 誰にも言わない……?」 「ああ、約束する」 「ん……じゃあ……まあ」 唇を尖らせて、目を細めて、両手をつむじの上に置いて。 俺への警戒心を向き出したまま、霍は語り始めた―― 「えっと……うちね、いわゆる大家族ってやつで……。 弟とか妹、いっぱいいるんだ」 「おかんとおとんはいつも仕事で忙しくって……。 あたしが一番お姉ちゃんだから、下の子達の面倒は 全部あたしがやってた――」 「えっとねぇ……ここはね、この公式を使うの」 「んー」 「で……出した数字をこっちに代入して……あ、あり?」 「んー?」 「んと……ま、間違えたかな……? うう、あたし数学苦手だからよくわかんない……かも。 ごめんね、丹依」 「うん!」 「えっと……あ、だったらこっちの問題なら……。 ――って、あぁ、こら渡航梠! ヤカン触っちゃ ダメだよぉっ! 今お湯沸かしてるんだから!」 「ご飯まだ~!?」 「ん~、もうちょっと待っててね……。ちゃんと準備 出来てる……? って、ああもうほら、液体スープは お湯入れた後に入れるって言ってるでしょ……!?」 「だってー、早く食いたいんだもん! 俺もうお腹空いた~!」 「ああ、はいはい、もうすぐお湯沸くからね」 「ねーちゃ、ねーちゃ!」 「今度は亜愛……? どうしたのよぅ」 「ぱーぱーっ!」 「は……パパ?」 「ぱーっ、ぱーっ!」 「いや、せめてあたしママ……」 「ぱーっ! ぱーっ!」 「な、何が言いたいのぉ……!? わかんないってばぁ……」 「じゃーんけーん……」 「ええっ!? いきなし!?」 「ぽーーんっ!」 「え、えっと……」 「ちゃんとやって~!」 「ああ、う、うん、ごめんね……」 「ぱーっ、ぱーっ!」 「あ、ああ……パーってじゃんけんのパーの事ね……」 「じゃーんけーん……」 「ってどっちがパー!? あたしがパー出せばいいの!?」 「ぽーん!」 「えっと、ぱー……」 「ちー! へへへっ、あたいの勝ち~~!」 「は、はぁ……」 「ちー! ずびしっ、ずびしっ!」 「こ、こら……ちょきで攻撃すんな~!」 「もっかい、もっかいー! じゃーんけーん……」 「ぽーん! ちー!」 「…………ぐー……」 「うわ~~~~~んっ!!」 「ああもう泣くなって~~!」 「でゅくし、でゅくし!」 「だから攻撃すんなよ~~!」 「ねーちゃ、ねーちゃ!」 「今度は何……」 「トイレー」 「ひ~~~!」 「連れてって~!」 「ちょ……待って、今連れてくから……!!」 「もう出る~~!」 「ああ、もうちょっと我慢して~~! おしっこ止めて~~!」 「うんち~」 「そっち~~!?」 「お姉ちゃん見てー。トマト書いたのトマト。 普通のトマトじゃなくってね、生トマトなん」 「う、うん、上手だね……宿題やろうね」 「――あちちちちっ!?」 「うわ~~んっ、お湯足にかかった~~~っ!!」 「ええっ!? ヤカンはあたしがやるって言ったでしょぉ? ほら、冷やしてあげるからこっち来なさい……」 「ねーちゃ、うんち~。出る~」 「それダメだよ~~~っ!」 「っていう具合にさ。あたし……長女だったから。 しっかり者の姉として小さい頃から頑張ってたんだよ」 「ちょっと待て、今の話のどこがしっかりしてたんだ!?」 「でも……ある日、面倒見のいいあたしが唯一 失敗した事があって……」 「いや、だから。お前全然面倒見良くなかったぞ!?」 「弟がね……怪我しちゃったの」 「ゔ……」 い、いきなり重たい話になったな……。 「近所の悪ガキに虐められて……。 血流しながら、涙流しながら帰ってきた」 「弟は悔しがってて……あたしは姉として、 弟の敵討ちをしたいって思ったんだ」 「それで……どうなったんだ?」 「出来なかった。返り討ちにされた」 ……だろうな。霍、弱そうだもん。 「あたしも悔しくって……血流しながら、 涙流しながら考えた」 「どうすれば、弟や妹達を守れるんだろうって。 あの子達が泣かないで済むために、 あたしが出来る事はなんだろうって」 「……んで、不良を目指すようになったってわけ」 「……………………」 「…………あたしの回想、おしまい」 「……………………」 「………………え?」 「……ふう。語った語ったぁ……。 誰にも言わないって約束だかんね。内緒だかんね」 「い、いや、ちょっと待ってくれ。 弟や妹を守りたいって気持ちはわかったけど、 それがなんで不良を目指す事に繋がるんだ?」 「え……? だって当然じゃん。不良怖いじゃん」 「怖い……?」 「誰かを守るためには、迫ってくるヤツらをビビらせれば いいわけでしょ? あたしが悪そうで怖そうな人間に なったら、相手もビビッて手出ししてこないはず」 「な、なるほど……。まあ言ってる事はわかるんだけどさ」 なんか……努力の方向性がおかしい気がする。 「もっとこう……さ……。 “大切な家族を守るために強くなりたい”とか、 そういうわかりやすいのじゃダメだったのか?」 「強くなる必要なんてないじゃん。ビビらせて 戦意喪失させれば戦わなくて済むわけだし。 強い弱いは関係ないよ」 そ、そうだろうか……。 「そもそも強くなるなんて無理だよ。あたし女子だし。 男子の腕力に勝てっこないもん」 「だから……弱くても相手をビビらせるような ハッタリがあればいいって事か?」 「ハッタリっていうと聞こえは悪いけど……。 まあ、そんな感じかな」 「あいつのねーちゃん不良だぞ。だからあいつに 手出すと大変な事になるぞ、って相手に思わせれば いいわけだからね」 「ふーむ…………」 霍の考えはわかった。 今までの彼女の努力の動機が、家族を守りたいという純粋で高尚な理由からだったのは、とても素敵な事だ。 改めて霍が心優しい女の子なんだと知ったよ。 ただ……そのために不良になって悪の風評を後ろ盾にするというやり方は、どこか間違っているように思う。 だって……こいつ全然悪いヤツじゃないし。 根はいいヤツだから。それこそ家族のために不良を目指すくらい、愚直な優しさを持ってるヤツだから。 もっと健全で彼女に合った守り方はないものだろうか―― 「……こんな話したわけだしさ。 せっかくだからあんたの意見、聞かせてよ」 「意見っつーと?」 「不良を目指すにあたって……今のあたしに足りないもの ってなんだと思う?」 「む………………」 こ、答え辛い……! 実に難問だ。 「……ああ、遠慮しないでいいよ。 率直な意見が聞きたいの。別に怒ったりしないから」 怒られるのが怖くて言葉に困窮しているのではない。 不良を目指す霍に足りないもの。思い当たるものが多過ぎて何から言ってやればいいのか迷っているのだ。 「そもそも俺、不良でもなんでもないんだけど」 「んー、でも堅気の意見って大事じゃん?」 結構真剣に不良成就に取り組んでるんだな。少し意外だ。 話したがっていなかった過去も語ってくれたし。なんか断る雰囲気じゃないし。一応俺なりの言葉でアドバイスしてやるか。 「やっぱり不良ってのは、目つきだと思うんだよ」 「ふむふむ」 「相手をビビらすのが目的なわけだろ? だったら眼光だけで相手が怯むような、 そんな目つきを目指すべきじゃないか?」 「いい事言うじゃん。期招来のくせに」 「俺を敵だと思って、試しにちょっと睨んでみろよ」 「あ、うん。やってみる……」 姿勢を正して、深呼吸した後―― 「――くわっ!」 ――という掛け声を伴って、出来る限り彼女の思う“怖そうな視線”を俺に向けてきた。 「……………………」 「おらー、ビビれおらー。 不良だぞこらー、悪いんだぞー」 「……………………」 「う、うん。オッケー、ストップだ霍」 「――ぷはあ! はぁ……はぁ……。 えへへ、頑張ったぁ……♪ どうだったかなぁ?」 ああもう。緊張を解いた途端そんなクシャっとした無防備笑顔で質問してくるなよ。性根が良いヤツだってのがダダ漏れになってるぞ。 「ま、まあ……いい感じなんじゃないのかな……」 「ホント!? あたし不良っぽかった!? 怖かった!?」 「う、うん……まあ……それなりに……」 「よかったよぉ……えへへぇ……♪」 「……………………」 普段からその笑顔でいればいいのに。 家族を守ろうと頑張っている彼女に対して、そんな言葉は野暮なのだろうか―― 「期招来さぁ……」 「ん……?」 「あんたいいヤツじゃんっ」 「……………………」 「えへへぇ、色々ありがとねぇ。 あたし頑張って目つき悪くして、 もっと怖そうな不良目指すよぉ」 ……言いたい。その笑顔でいる方が魅力的だよと言いたい。 「が、頑張れよ……霍」 いつかこの気持ちを、彼女に伝える事が出来るのだろうか。 「さて……」 「ん? どこへ行く?」 「今日買い弁なんだ」 「そうか、快便か」 羽瀬のしょうもないボケなど一切拾う事無く、教室を後にした。 「じゃあ今日は那由太先輩抜きでご飯ですねー」 「そのかわり、夜々萌先輩がいらっしゃってます!」 「どうもですー♪」 「とりあえず机くっつけちゃおっか」 「霍ちゃん確保ー!」 「ひーんっ!」 「志依さんも一緒にどうですか?」 「そうね。私の大好きな叶深さんもいるみたいだし、 ご一緒しようかしら」 「げげーっ! 黒蝶沼志依っ……! さ、最悪だーっ!」 「とかいいながら、仲間になりたそうにこっちを見てた じゃん。皆と一緒にお昼食べたかったんでしょー?」 「ぐっ……そ、それは……」 「霍ちゃんが自分からこっちに来たがるなんて、 珍しいねぇ。でも大歓迎だよっ」 「べ、別にあんたらとご飯食べたかったわけじゃないし!」 「じゃあ何だったんですか?」 「んとね……は、話があってぇ……」 「興味深いわね。皆、心して聞きましょう」 「い、いいよぅ、そんなかしこまんなくってもっ! なんか話し辛い~っ!」 「よしよし。そんな怯えなくてもいいんだよ? ほら、お嬢ちゃん、お姉さんの隣おいでー♪」 「同級生だもんっ! お嬢ちゃんじゃないもんっ!」 「ああ……にわかわ……♪」 「やっぱ恥ずい~! いいもん、一人で食べるーっ!」 「ああっ、待って霍ちゃんっ! ごめんごめんっ、 もうからかわないって……ほら、これあげるからっ」 「……何これ?」 「わかんない。昨日教室で拾った」 「何かのバッジ……かしら」 「こんなんいらないよぅ!」 「カッコいいバッジじゃん、イケてるよ? ほら、カバンにつけておきなって」 「ああもう、勝手にくっつけないでぇ! あたし不器用だからこういうの外せないのー」 「――で、話って?」 「さすがゆっふぃん先輩、流れとかそういうの ガン無視でかっけーっす!」 「うう……皆ちゃんと聞く気あんのぉ……?」 「お悩みだったらしっかり答えるつもりだよ。 だから……ね?」 「う、うん……じゃあ……ちゃんと聞いてね」 「どうぞ、お話し下さい」 「んと……あ、あたしってさ……ほら、不良じゃん?」 「導入からさっそく同意し辛いですっ……!」 「つ、続けてください、霍ちゃん……」 「あたし……もっと怖くて悪い不良になりたいんだけど、 そのためにはどうすればいいのかな……」 「ふむふむ。なるほど……不良になるための方法かぁ」 「そういう事だったら、メガ君に聞いてみたら?」 「あ、飯槻君不良路線だもんね」 「いや、あいつあれで結構ヘタレだぞ」 「彬白先輩の事になると特にね」 「とても素直な方ですわよ、メガ君は。ふふっ」 「でもでもっ、猶の地獄耳によると、飯槻先輩って 昔は相当な悪だったって噂ですよ?」 「それは……無いな」 「無いですわね」 「そ、そうでしょうか……」 「飯槻……うん、なんか頼りにならなそう。 あんな感じの不良はやだな……」 「ヘタレ仲間の霍くんにまでそう言われるとは…… あわれメガ。成仏しろよ」 「あたしヘタレじゃないもん! バカじゃんバカじゃん! ぷんすかぷー!」 「霍ちゃん、怒り方にわかわ過ぎるよ……!」 「そして飯槻さんは別に死んでいませんのであしからず」 「――ねえ、そもそも、不良ってなんなのかしら。 まずその定義を決めないといけないわね」 「そりゃあ……不良っていうくらいだから、悪い子だよね」 「悪い子……何したら悪い子になれるのかな」 「んー、やっぱ相手を睨みつけるとか? ギラギラした目つきってなんか悪そうだよね」 「そ、それ期招来にも言われたよっ。 それはね、あたし出来るの、上手なの」 「ええっ、そうなのっ……!?」 「うん……上手なのぉ……♪」 「眼光鋭い霍ちゃんなんて想像出来ないなぁ……。 むしろ可愛い気がするよ」 「あとは……武器なんかを持ち歩くというのは いかがでしょう。いかにも不良っぽいです」 「武器で相手を脅すといいかも! 霍ちゃん、何か武器持ってる?」 「え、武器っ!? えっと……あ、カバンっ!」 「それは武器とは言えないわ」 「というか、武器なんか持ってるわけないですよね」 「うーん……その他に、不良っぽい事……。 なかなか難しいですわね……」 「悪い事……しちゃいけない事……したら怒られる事…… あ、そうだ。浮気とかは?」 「う、浮気ですか……!?」 「うん。浮気っていけない事だよね?」 「確かにそうですが……それって不良というか……」 「そもそも恋人がいないと浮気は成立しないですよ?」 「んー……じゃあ、すぐに男の人とエッチしちゃう ような女の子こそ不良って事だね!」 「きゃーっ、ゆっふぃんエッチー!」 「まあ、一概にそんな事は無いがな」 「すぐに……男とエッチするのが……不良……」 「貞操観念が乏しいのは確かに良くない事かもしれません」 「不良どころか、むしろそんな女子は善良と呼ぶべき 存在だがな」 「ヤリマン死すべし!」 「きゃーっ、ゆっふぃん直接的ー!」 「ヤリマンに幸あれ、光あれ!」 「……という事だよ、わかった? 霍ちゃん」 「んと……いきなりエッチな事するのが不良……?」 「そういう事!」 「ヤリマン死すべし……光あれ?」 「そういう事!」 「う、うん……なんとなくわかった……気がする」 「あ……行ってしまいましたわ」 「とてつもないほどに……この後の展開が 容易に想像できるのだけれども?」 「……? どういう事ですか?」 「由芙院さん、あなたもなかなかの不良ね」 「そういう志依ちゃんだって、気付いていながら 止めなかったんだから同類だよぉ」 「だって……面白そうだったから」 「ねー!」 「くっふふふふふふっ!!」 「………………んー?」 「……気にせず食事を続けましょう。お嬢様」 「ふぅ……」 今日は課題などは特になく。 って事で、さっさとシャワーを浴びて就寝の準備に取り掛かった。 「適当に漫画でも読んで……眠くなってきたら寝るか――」 「ん……?」 ノック? こんな時間に? 「た、たのもー……」 「は?」 「たのもー!」 この声って……。 「たのもーうっ!!」 「うおっ!?」 何を頼みたいのか知らんが、いきなりドアをドンドンと叩き始めやがった。 「おい! うるさいぞ!」 「わわっ!? いきなりドア開けないでよぅ……! ビックリするじゃんかぁ!」 声でわかってはいたが、扉の向こうに立っていたのはやはり霍だった。 「お前、今何時だと思ってるんだよ?」 「ふぇ、時間……? えっとね……」 「いや、時間聞いてんじゃなくって。こんな夜中に、 しかも女子が男子部屋に来ちゃまずいだろ」 「悪い事かな?」 「悪いって!」 「えへへぇ、あたしまた一つ悪くなれたぁ♪」 いや、ふにゃっと笑ってる場合じゃないぞ。 「……で、何しに来たんだよ」 「あ……え、えっと……悪い事しにきた」 キョロキョロと俺の部屋を見回しながら、素っ頓狂な答えを返してきた。霍らしいといえば霍らしいが。 しかし、夜の男子区画に霍のような無防備女子が単騎で乗り込んでくるなんて。狼の巣に子兎が侵入するようなものだ。 その事をわかっているんだろうか、こやつは。 「あ、漫画あるー! 後で読まして」 わかってなさそうだ……。 「……遊びに来たのか?」 「ち、違うよぅ! ちゃんと、用事あるもんね」 「じゃあその用とやらを早く済ませてくれよ」 「えっと……そこに立って、ジッとしてて」 「……?」 突然具体的な指示が飛んできた。 一応言われた通り、部屋の真ん中に直立してみる。 「……………………」 「……………………」 「ああんっ、もう! ジッとしててってばぁっ!」 「いや、だって……」 霍はどうやら俺の背中に回ろうとしているらしい。 こんな時間に不良志望の少女が悪い事をするという宣言の元に、背後を取ろうとしているのだ。さすがに警戒してしまう。 「なんだよ、イタズラでもする気か?」 「ば、バカじゃんバカじゃん! そんな子供っぽい事しないもんっ」 「じゃあなんだよ」 「もっと……大人っぽい事」 ……? なおさら意味がわからんぞ? 「とにかくー! 動いちゃダメなんだよっ! そのまま前見てないとダメなのっ!」 「…………はいはい」 埒が明かないのでとりあえず従おう。 まあ霍ごときに背中を晒したところで特に問題ないだろう。 「……んしょ」 「で……それからどうするつもりだ?」 「え、えっと……あたしもよくわかんないんだけど……」 「………………?」 何がしたいんだ? さっきから、いつにも増して挙動不審だ。 「と、とりあえず……とりゃっ!」 「――うおっ!?」 俺の背中に立った霍が、勢いよく手を回してきた。 彼女の手は……俺の股間を堂々と握り……。 「ちょ、何してんだよっ!?」 「お、おちんちん……揉んでんの」 「はあっ!?」 いきなりなんてことを!? “霍ごときに背中を晒したところで特に問題ないだろう”なんてとんでもない! 考えられる一番の大問題な行動を取りやがった! 「こ、これって……悪い事でしょ?」 「はぁ!?」 「不良はね、こういう事するんだよっ」 「い、意味わかんないって! こんな事しないだろ不良は!」 「で、でもでもっ、皆がそう言ってたんだもん!」 霍が何を主張し、何を考えてこの行動に至ったのか、全く理解出来ない。 これもいつもの愚直な不良特訓の延長線上なのか!?でもどうしてこんな事が!? 「――って、くぅ!」 「あ。なんかわしゃわしゃしてる……!」 「いや、わしゃわしゃしてるのはお前の手だっ!」 「い、痛い……? 痛かったら言ってね……」 「いや……痛くないけど……っ」 というか、ここにきて俺に気遣うのも意味わからん。 俺を痛めつけるために急所を制しているわけではないらしい。 まあもちろんこいつに痛めつけられる筋合いなんてないのだが。しかし同じく、こいつに気遣われつつ生殖器を握られる筋合いもない。 「そもそもなんで背後から……!」 「だ、だって正面からだと抵抗される気がして……」 「前だろうが後ろだろうが関係ないって!」 「そ、そう? じゃあ前行っていい?」 ペニスに手を添えながら、霍が正面にやって来た。 「へへへ……どうもどうも……」 「……っ」 な、なんかこの状況で目合わせるの物凄く恥ずかしいな……! 「――ってうわあ! ズボンもっこりしてるー!」 「お前が勝手に弄るから……!」 「なんか……腫れちゃってるみたい……! い、痛くないの……? 痛かったらごめん……」 「痛くないけどさ……そもそも不良が今更謝るなよ……」 「そ、そっか。謝るの変だよね」 「んと……こんなふっくらして、それでも痛くない んだね……おちんちん不思議だよぅ……」 俺はお前が不思議だよ。 「とにかく……これであたし悪い子になれたかな?」 「……………………」 人様のペニスを傍若無人に揉みしだく事が、悪い子になるための手段と思っているのだろうか。 誰に入れ知恵されたのか知らないが、点火してしまったこっちの身にもなって欲しい。 「霍……だったら……」 「……もうちょい続きまで、頼む」 「……んー? どういう事?」 「いや……だから……さ……」 いいか霍。男は皆この時間、狼と化すんだ。 だからお前みたいなヤツが夜中にノコノコやって来るってのはな、私を食べてくださいと言わんばかりなんだ。 しかもこんなスキンシップまでしてきて……。食べるぞ? 劣情の暴走に付き合ってもらうぞ? 「………………っ」 言っていいものだろうか。そもそも俺は霍という少女に道を踏み外して欲しくないんだ。不良なんて目指さず、真っ当に生きながら弟妹を守って欲しいんだ。 それなのに、彼女の無垢な向上心を利用して、このままの流れでチョメチョメ的な事をさせるなんて……。 そんな……卑怯な事―― 「これ咥えたらもっと悪くなれるぞ」 「ホント!? やる!」 すまぬ霍。性欲に負けた。 「いや、そもそもその気にさせた霍が悪い。 男をこうさせてどうなるかわかっていない お前の危機管理能力の欠如が云々かんぬん……」 「な、なに急にぶつぶつ……」 「いや。今、自己弁護してたとこ」 「で……あたし何すればいいの?」 「逐一こちらから指示を出す。その通りにしてくれれば」 「そしたら不良になれるの?」 「そうではないとは一概に言い切れない」 今出来る最大限の譲歩を交えた二重否定だった。 「う、うん……とりあえず頑張る」 ごめんよ霍。性欲旺盛な年頃の俺を許しておくれ。そして俺を狼にさせた無自覚な自分を恨んでくれ。 ……という事で霍とのエッチシーンが始まってしまったのだった―― 「ふあぁ……なんか……もっこり、激しい……!」 熱い視線が股間を突き刺す。 局部を見つめられて恥ずかしいが、それは凝視している霍も同じ事だろう。少しだけ頬が赤らんでいる様子だ。 「確認しておくけど……お前、本当にこういう事が したいんだよな?」 「こ、こういう事って……?」 「いや……だから……」 俺に言わせないで欲しいんだが……。 「まあ……エッチな事……だわな」 「うう……し、したいっていうかさ……。 エッチな事すると……不良になれるって聞いたから……」 「………………」 やっぱりよくわからん。こんな事して不良になるって、一体どういう事なんだ? 「ああもうっ! あたしだって恥ずいんだからねっ! さ、さっさとやろうよっ、とりあえずおちんちん 出せばいいんだよねっ!?」 「――うおっ……!?」 「ひうっ……!」 露出したペニスを見て、ビビりながら赤面する霍。 「すご……ひ……! これめっちゃ……おちんちん……!」 当たり前だ。 「ぎ、ギンギンに腫れ上がって……しかもかなり熱い……! 痛そうだよ……苦しそうだよ……大丈夫なのかな……」 「勃起してるだけだ。こういうもんなんだ」 「勃起……勃起かぁ……変なの」 誰のせいでこうなったと思ってるんだ。 「えっと……このおちんちんをどうにかして弄って…… それでエッチな事するんだよね……。あ、あれ……? 具体的にエッチな事ってどうすればいいんだろ……」 「そうだな……まずは――」 「――って、わあぁ……! おちんちんなんかいい匂いしてんじゃん……! なんでなんでー?」 「くんくん、くんくんくん。石鹸の香りがするよー!? すんすんすん、ふへぇ、おちんちん不思議ーっ!」 「ああ、それはさっき風呂入ったばっかだから……」 「おちんちんっていい匂いするもんなんだね……。 くんくんくん、こいつ見た目はゴツいのに、 綺麗な匂いさせてる……すんすんすんっ!」 「くんくん……ふへえ、おちんちん落ち着くぅ……。 すんすんすん……あたしおちんちん見直したかも……」 鼻を鳴らして亀頭の香りを嗅いでいる霍。 性器を晒しておきながら直接的な刺激を得られないのがなんとももどかしい。彼女の顔がこんなにも接近しているのだからなおさらだ。 「匂いはもういいから……それよりエッチな事してくれよ」 「すんすん……あ、そうだね。えっと……何しよっか」 「まずは……舐めてもらえるか」 「こ、これを……舐めるの……!? うう、なんかそれ……恥ずくない?」 「でもそれされると気持ちいいんだよ」 「し、知らないしっ! えーっ……ホントに舐めるの……!?」 「風呂上がりだから汚くないぞ」 「うう……わ、わかったよ……。仕方ないなぁ……」 お、了承してくれた。もっと渋るかと思ったんだが……。 「……こういう事慣れてるのか?」 「ば、バカじゃんバカじゃん! 初めてに決まってんじゃんか! バカじゃんバカじゃんバカじゃん!」 五回もバカって言われた。 「……おちんちんは……あたし弟いるから、見るの 初めてじゃないけどさ。だからエッチな事も平気 かなって思ってたんだけど……全然違うんだもん」 「弟がちっちゃかった頃によくお風呂入れてあげてて…… その時おちんちんは見てたはずなんだけど……なんか その時見た弟のおちんちんと違う気がするんだよね」 「どう違うんだ?」 「……全然可愛くないよこいつ」 む……自慢の息子を悪く言われたぞ。 「でも……うん、頑張るよ。匂いは好きだし。 これ舐めればもっと悪くなれるんだよね?」 うう……その質問には弱い俺。思わず罪悪感が……。 純粋な少女に嘘を吐いて、騙して……フェラさせて……。もう止められないとはいえ、こんな事していいのだろうか。 ……いや、一概に嘘とも言えないぞ。実際こんな簡単にフェラするような性意識なんて、善いか悪いかで言ったら悪である事には違いないはず。 霍は悪の道に進みたがっているんだ。俺はそれを手伝ってるだけ……。 「よし、自己肯定完了。霍、そのまま舐めてくれ」 「う、うん…………」 指示を送られた霍は、戸惑いつつもその舌をゆっくりと亀頭に伸ばした―― 「れろっ…………れろぉん……!」 股間の先に柔らかい感触がぶつかった。 彼女の性格を表すような、優しい刺激だ。 「れろぉ……れろん……んっ、れろ……。 なんか……あんま味しないね……」 「れろれろ……もっとしょっぱいと思ってたぁ……れろっ、 全然味しなくて……れろっ、拍子抜け……かも……れろ」 風呂上がりだからだろうか。 「れろれろ……れろぉん……おちんちん、れろっ…… もっと悪そうな味期待してたんだけどな……れろっ、 ぺろぺろぺろ……」 「悪そうな味ってなんだよ……」 「れろぉっ、ちゅれろっ……れろれろ、こんな……れろ、 味しないの舐めて……れろぉん、んっ、あたしホントに 悪い子になれるのかな……れろれろ」 無味のおかげで抵抗が薄れたのか、霍はその舌の動きを少しずつ加速させている。 「れろっ……れろぉん……れろれろ……あむぅ……れろっ、 それにしてもおちんちん熱いね……れろっ、硬くて…… れろっ、ホカホカぁ……れろぉん」 「ねえ……これホントに痛くないのぉ……? れろむぅ。 こんなに熱くて……腫れちゃってて……れろっ、 平気なわけないよぉ……れろれろっ、あむぅ」 「そう……だな。あんまり……平気じゃない」 「うん……なんか大変そう……。れろっ、勃起……ぺろっ、 辛いのかなーって思うよ……れろっ、ちゅぷぅ、れろぉ」 霍の舌奉仕のおかげで、どんどんと欲望を高めてしまう。 平然でいられない。さらなる興奮と快楽を欲して、ペニスは一段と雄々しさを帯びていく。 「ちろちろちろ……ちろろぉ……れろっ、えろぉんっ。 れろっ、おちんちん……れろっ、勃起ぃ……れろれろっ」 「霍……そろそろ咥えてくれ」 「ちるぅ、ちろちろぉ……咥える……? おちんちん……ぱく……って?」 「歯は立てないでくれよ」 「う……ん。なんかあんた変な事ばっか頼むね。 おちんちん舐めて……とか、咥えて……とか」 「お前を不良にさせるためだ」 「そ、そっか……あたしの事考えてくれてるんだね」 おお……そんな真っ直ぐな目で見つめないでくれ……!心が痛む……! 「うん、不良になるためだもんね。おちんちんぱくって するのがエッチいかどうかよくわかんないけど、 あたしやってみる……!!」 後でなんて言って謝るべきだろうか。 そんな事を思案しながら、フェラ快楽に溺れる俺なのであった―― 「あぁぁむっ……!」 「あむあむ……あむぅ……はっふっ、ちゅむぅ……! ほ、ほうかな……? ちゃんと……あむぅ、出来てふぅ? あむあむぅ……」 「くっ……!」 「歯ぁ……立てないようにしないとだねぇ……あむぅん、 ちゅぷぅ、おちんちん、噛んじゃ大変だぁ……あむぅ、 ちゅぷ、あむりゅぅ……」 生々しい温かさに包まれて、一気に理性が吹き飛んでいく。 「ちゅぷぅ……ちゅっぷっ、ぴちゅ、はふぅ……! やっぱ味無いぃ……ちゅぷ、変なのぉ……ちゅるっ、 ちゅぷぅ、あむあむ……」 「でも……ちゅぱぁ、舌で舐め舐めしてる時よりも…… ちゅぷぅ、熱いの感じるよ……ちゅっぷぅ、ぴちゅ、 んっ、はふぅ……勃起って……大変なんだね……」 「霍、横の方も頼む……舌使う感じで」 「んちゅりゅぅ……こう、かなぁ……ちゅりゅむぅ。 おちんちんの横ぉ……ちゅぷ、この辺……ちゅりゅぅ、 ちゅっぷっ、ぴっちゅぅ……ちゅぱぁ……!」 俺の指示通り、健気に口奉仕を繰り出してくれる霍。 拙い舌遣いと品の無い唾音が可愛らしく、昂揚感を促される思いだ。 「ちゅぷぅ、えろえろぉ……ちゅりゅぅ……はふぅ、 口ん中でおひんひんもっろ勃起してくぅ……。 ちゅぷっ、んちゅぅ……」 「咥え辛いぃ……ちゅぱぷぅ、ぴちゅむ……、 ちゅっずっ、ぴちゅぅ、こりゃ大変だ……ちゅぷ、 んちゅっ、ぷっちゅ……むちゅぅ」 一生懸命なその姿に、隠れた罪悪感がまた顔を覗かせる。 「あんま無理するなよ? 嫌だったら止めてもいいんだからな?」 「ぷちゅむぅ、不良になりゅためだからぁ……ちゅぷ、 ぴちゅ、だからぁ、んちゅ、平気ぃ……ちゅぷぅ」 「でも……俺のペニスを咥えるなんて、 ホントはしたくないだろ?」 「ちゅずりゅっ、それは……別にやじゃないよ……。 ちゅっぷ、あんたの事……嫌いじゃないもん」 ……おお。そいつは嬉しいな。霍が俺のことをそんな風に思ってくれていたとは。 「でも……ホントに無理してないか? 嫌いじゃないなんて素直な言葉…… なんかお前、そういうキャラじゃないじゃん」 「むぅ~……うっしゃひ、バカひゃんバカひゃん……! ちゅぷぅ、ぷふぅ……平気だってばぁ……ちゅぷ」 「そ、そうか……ならいいんだが……」 「ちゅぷりゅ……例えばあたしの股間に おちんちん生えてたら……?」 「舐めたい! 不思議!」 「そういうもんだって……ちゅぷっ、ぴっちゅぅ……」 なるほどなぁ……。 「あれ? 今の話、クンニで例えれば良かったんじゃ……? わざわざちんこ生やす必要あったのか……?」 「ちゅずずずずーーーー……!!」 なんか霍のフェラ音ってお茶漬け啜る音みたいだな。 「ずずずずず…………ちゅっずぅ……! 勃起しゅごひ……ふっくらしまくってりゅ……ちゅぅ!」 霍が言いたかったことは、つまり―― ペニスってのは思わず舐めたくなったり咥えたくなったりするような特徴があるわけだから、俺がこの行為を命じた事に後ろめたさを感じる必要は無い……と。 それは、なんとなくわかる。霍もこうして少なからず積極的にフェラに勤しんでくれているわけだし、嫌々ってほどじゃないのだろう。 でも……やっぱり彼女の最大の動機は、“不良になるため”なんだ。 そこは、個人的にあまり賛成できない。 恋人でも無い男のペニスを咥えて悪事の前科を作ろうとしている彼女を、助けてやりたいんだ。 そのために……俺がしてあげられる事は―― 「ずずずずずずぅぅ、ちゅずずずずずずっ…………!! ずるずるずるずるずるずるるるるる~~~っ……!!」 「う……お……!」 そんな思考も、霍のお茶漬けフェラをくらって瞬く間に霧散していく。 「そんな……吸われると……!」 「んちゅずずず……じゅるじゅるじゅる……っ! んっ、おちんちん取れちゃうかな……ちゅずずっ!!」 「いや……取れはしないけどっ……!」 その代わり、中身が出てしまう……! 「ちゅずずぅ、はふはふぅ、んちゅっ、あむぅ! なんか……さっきより勃起してる……? んずずっ、ずじゅちゅちゅちゅむぅ……!」 「おひんひん、すごひね……口からはみ出そうらよ…… ちゅぴむぅ、くちゅぷぅ、ちゅっぷっ、ちゅずぅ! はっふっ……んっ、あむあむあむあむあむぅ……」 「くぅ……霍、そろそろ……限界……っ!」 「ちゅっぷぅ、くちゅむ……んちゅぅ……? どうひたのっ……ちゅずっ、おひんひん大丈夫……?」 状況をいまいち呑み込めていないようだが、それを説明している余裕は無い。 なにせ大丈夫かと問われれば、大丈夫じゃないと言わざるを得ない状態なのだから。 「くっ……出るっ……っっ!」 「ちゅぷっ、くちゅぶっ、ちゅっずっ、じゅるるるっ! んっはっふっ、ちゅぷ、きゃふ、震えてるっ、ちゅ、 おひんひん、ちゅぷぅ、ビクビクってっ、ちゅっぶっ!」 「きゃひっ、何これ、きゃっ、ちゅむあむあむぅ! おひんひん変らよぉっ、ちゅぷむにゅうっ……! こんな、あ、らめ……ちゅむっ、んっ、んちゅうっ!?」 「んちゅぶぶぶうぶぶぶううっ!!? ちゅぶぶっ!? ちょ……わぶふうっ、ひいっ、ちゅぶぶぶうぶっ!?」 止める事など出来なかった。彼女の口内の居心地の良さは、最終的に俺の射精欲を最高潮まで引き上げたのだった。 「ぶっふっ!? わぶぶっ!? んっ、ひゃふうっ!? なんか出てるっ……!? んっ、んちゅぶぅっ!? ちゅっ、ちゅっ……んっ、んっ、んっ……」 「これ……んちゅぷちゅぅ、もしかして、精液ぃ……!? おちんちん、ちゅぷぅ、射精したって事ぉ……!?」 精液を口元から溢れ返させながら、突然の口内射精に驚きを示す霍。 「ひゃふっ、ちゅむぅ、しゃ、射精ってこんないきなり なのぉ……!? もっと準備とか前兆とかがあるって 思ってた……ちゅぷ、むちゅぷぅ」 「……ってか、精液かなり飲んじゃったんだけど…… うへぇ……これ、大丈夫だよねぇ? うっぷぅ……。 お腹壊したりしないよねっ……?」 「はぁ……はぁ……噂では、美容にいいらしい……」 「うう、何それぇ……うえぇ……」 「悪くなれる成分も入ってるそうだ」 「ちゅずずずずずずず~~~~~~~~~~っっ!! んっ、んっ、んっ、んっ……ごくごくごくごくっ……!」 「ごっくっ……ごっくっ……ぷはあっ! はぁっ、はぁっ。 うう、苦い……けど、なんかこの味、不良っぽい……! 効果ありそう……な気がする……ぉぇぇ……」 精飲までさせてしまって申し訳なく思う。 が、それ以上に有難く思う。なにせ気持ち良かった。陰茎に残された最後の一滴までしっかりと吸い上げられ、実にいい気分だ。 「はっふぅ……射精……させちゃった……! あたし……おちんちん……ドピュドピュって…… 自分の口で……!」 「物凄く……エッチだったよね……! こんなの初めて……恥ずかしかったけど…… でも……あたし頑張った、エッチ頑張った……!」 「こんなエッチな女の子って……もう超不良だよねっ!? あたし悪い子だよね!? お口でおちんちんイカせ ちゃうような極悪女子だよねっ!?」 「霍………………」 「えへへぇ……♪ これでまた一歩……悪い子になれました♪ 期招来ぃ、付き合ってくれてありがとねぇ……ふへへぇ」 その笑顔を見て確信した。 間違いなく、この子は清く正しい道を歩むべきだ、と。 「がらがらがらがら…………ぺっ!」 「んー……終わったよ」 「おう」 洗面所で口をゆすがせた。さすがに口内を綺麗にしたいだろうから。 「ふー……おちんちんもぐもぐしっぱなしだったから、 顎疲れちゃったよぉ……あ、漫画貸してよー。 海賊王のヤツ」 すっかりいつものような腑抜けた表情だ。 「――叶深霍っ!」 「――ひゃいっ!?」 小心者の彼女がビビるには十分な大声でその名前を呼びつけた。 「そこに座りなさい」 「は、はい……」 目を丸くさせながら言われた通りに従う霍。緊迫した俺の空気を察してか、正座になって行儀を正している。 不良とは思えない従順っぷりだ。そりゃそうだろう。彼女に不良は似合わない。 そう、彼女は不良ではないのだ。そして今後、不良になるべきではないのだ。 「――不良は諦めろ」 「へ……なに急に?」 「お前には無理だ。根が優し過ぎる」 「ば、バカじゃんバカじゃん……! あたし別に優しくないし……」 「そもそも、不良なんか憧れるもんじゃないし、 目指すもんじゃない。真っ当に生きる事が 出来るのであれば、それが一番だ」 「で、でも……あたしは、弟や妹を守るために……」 「そのために悪人になる必要はないって言ってんだ」 「あ……う…………」 霍の言葉が途切れた。俺が心から霍を慮っているのが伝わったらしい。 「家族を大切に想う気持ちは理解出来るよ。 それだけ霍は優しいヤツだって事だ」 「でもな。いつまでも霍一人が弟妹を守り続ける事 なんて無理なんだ。ずっと傍にいてあげられる わけじゃないだろ?」 「それは……そうかもしんないけど……さ」 「今だって霍は実家を離れて寮で生活してるじゃないか。 その間、弟妹を守れていると言えるのか?」 「だから……あたしがここですっごい不良になって、 それで……」 「そんな悪名で守られるものなんて、たかが知れてるよ」 「……………………」 「仮にお前が世界一のワルになったとして、誰もがお前に ビビッてお前や弟妹に手出ししなくなったとして」 「お前に待ってるのは孤独だけだ。そんなの嫌だろ?」 「あたしは……」 「友達いないの嫌だろ?」 「友達なんて……別に……」 「いつか弟妹達も自立する。その時にそれぞれが 立派に独り立ちできるように、長女である霍が まずはその見本を見せるべきじゃないのか?」 「弟や妹に不良になって欲しくないだろ?」 「まあ……そうだけど……」 「それじゃあまずはお前が立派な人間になるところからだ。 不良なんて目指してる場合じゃない」 「霍がEDENを卒業して……実家に戻った時に、 立派な姿を弟妹達に見せることが出来たら、 きっとその時のお前を目指して自立してくれるだろう」 「む…………ぅ…………」 「だから、不良を目指すのはもうおしまいだ」 「……………………」 頬をグッと締め、唇を尖らせたり真一文字にしたり。 霍にだって考えはあるはずだ。弟妹を守らなくてはいけないという使命感。そのために必要な強さ。 それが、霍にとっては不良の怖さだったんだ。 いきなり否定されて、真逆の生き方に目を向けるなんて、きっと難しい。 だから、ほんの少しだけ。俺が手助けしてあげられれば―― 「霍。一回だけでいい。ほんの一分だけでいい。 俺の言う事を聞いてくれ」 「な……に……」 「お前、ノリいいよな」 「な、何の話……」 「催眠術とかかかりやすいタイプだよな」 「わかんないよそんな事……」 本当は素直なヤツなんだ。 皆、それを知ってる。 だから、あとは霍が心を開くだけ。 「皆と友達になりたいって思うか?」 「ゔっ……」 「強がらないで、正直に答えてくれ」 「あたしは……だ、だから……いつも言ってるように、 友達なんて……」 「飯だって、一人で食べるよりみんなと一緒に 食べた方が楽しいだろ?」 「そんな事あるわけないもんっ! 一人の方が気楽だしっ! 皆あたしにちょっかい出してくるしっ!」 「ホントは友達欲しいって思ってるくせに。 一緒に皆とご飯食べたいって思ってるくせに」 「お、思って無いし! バカじゃんバカじゃんっ!」 「精液飲んでしばらくした後に嘘吐くと、 身体中の穴という穴から精液が噴き出すんだ。 恐ろしいんだ」 「ひえっ……!?」 「そろそろその効果が表れる頃合いのはず。 5、4、3、2、1……」 「――霍。今日は珍しく皆とご飯食べたみたいだな。 やっぱ皆と一緒の方が楽しいか?」 「そりゃあ……まあ……」 こいつノリいいよなぁ。 「皆と遊ぶのは嫌じゃないか?」 「い、嫌じゃないし……むしろ楽しいし……」 「最近どうよ?」 「なんか……友達っていいなって思う。あたし、ずっと 一人だったからそういうのよくわかんなかったけど、 誰かと何かするって楽しいね……」 「うむ」 「こんなあたしと一緒にいてくれる皆が大好き。 すごく感謝してるし、これからもずっと一緒に いたいと思ってるよ」 「あ、精液の効き目が切れる時間だ」 「――っていうのは全部嘘だし! 友達なんかいらないしっ!」 十分だ。 「まあ、という事だからさ。不良なんか目指して ないで、友達作れって話だ」 「うぅ~~…………」 「お前だって、無理して悪ぶるの疲れるだろ? もっと素直に、普通にしてた方がいいよ。 皆だってそんな霍の方が好きになると思う」 「………………」 「弱い人間を守るために、不良の悪さや怖さはいらない」 「そういった連中に負けないくらいの勇気を持った 立派な心さえあればいいんだ」 まあ……いきなりすぐには変わらない、よな。 「あたし……色々自信無いよ」 「……ん?」 「今さら……普通だなんて。 どうしていいかよくわかんない」 「素直になればいいだけだ」 「それが出来ないんだって」 わかってる。 俺にも考えがあるんだ。 いや、考えというか。 責任、だ。 だってこれじゃあ、出すもん出してスッキリした挙句、賢者タイムになってデカい顔しながら説教しただけだもんな。 「俺も手伝ってやるからさ」 「ホントぉ……?」 「ああ、本当だ」 霍にフェラされながら、ずっと考えていたんだ。 俺が霍にしてやるべき事は、これしかない……と―― 「という事で、これからはこいつも一緒だ」 「ゔ……くひぃ…………」 改めて紹介されて、あからさまにばつの悪そうな態度を見せる霍。 そんな彼女を―― 「歓迎するよー」 当たり前のように、皆は受け入れた。 「む……ぅ……」 「今さらよろしくする必要なんてないんだよ? 私達、前からお友達だもん」 「最近はよくお昼をご一緒していましたしね」 「そうなのか?」 「不良になるための相談を受けてました」 「霍ちゃん、悪い子はもうやめたんですか?」 「ま……あ。ちょっと……保留というか……」 「そっか。うんうん。霍ちゃんいい子だもんね」 「ふへぇ……」 なんて事は無い。この通り、簡単に溶け込んでいる。 本人はその自覚は無いだろうが、皆からしてみれば普通の友達と気兼ねなく接している感覚だ。 すぐに素直になる事は、なかなか難しいに違いない。 これからも霍は喜怒哀楽の感情表現に苦しむだろうし、感謝の言葉を飲み込んでしまう事もあるだろう。 そんな事、全く気にしない連中だ。 誰も急かさない。霍のペースに合わせるだけだ。 「でも不良っぽい霍ちゃんも見てみたかったなー。 きっとそれはそれで可愛いんだろうなー」 「あ、それちょっとわかるー。 可愛い子が悪ぶってると余計に可愛いんだよねー。 背伸びしてるみたいで」 「霍はまさにそれね。 狙ってやってないのが恐ろしいところよ」 「ことちートゲトゲしてるとこあるから、 きっと不良に向いてると思うよー」 「嬉しくないわよおバカ」 「わたしは……不良さんとか苦手だから、 霍ちゃんには普通の女の子でいて欲しいな」 「でも……やり残したことはあるんだよね……」 「ほう。と言うと?」 「不良になって、悪い不良をやっつけてみたかったの……」 「は?」 「悪い不良を成敗するのって、なんか憧れるじゃん」 こいつ……不良になったらそんな事しようと思っていたのか。怪我する前に止められてよかったぜ……。 「というか、不良に憧れてたヤツの言う事か? 不良をやっつけるだなんて」 「あたしはね、正義の不良を目指してたの。 だから悪い不良を成敗する側なの」 「悪い不良をやっつける正義の不良ですか……」 「不良の時点で正義って矛盾してる気がするけどなぁ……」 「正義の対義語は“悪”では無く、また“別の正義”……。 うむ、そう考えれば正義と不良は共存出来るな。 哲学を感じる。これで一本エロゲーが書けそうだ」 「まあ、霍には無理だな。威圧感も無ければ腕力もない。 本物の不良を相手にビビらす事も出来ないだろうし、 喧嘩で叩き伏せる事も無理だろうさ」 「ひぃ、ボロクソ言われたっ!」 「事実だろ」 「う、うぅ……け、喧嘩は無理でも……あたしの眼光で 相手をビビらせるくらいならなんとか……」 「ちょっとやってみてー」 「――くわっ!」 「ああもう、にわかわだよー!」 「ひぇ~~っ!」 小動物的な可愛さを披露し、周囲の庇護欲刺激しまくる霍。 すっかり馴染んでいるじゃないか。 ……まあ、霍が不良になる夢を諦めたからといって、特に何が変わるわけでもない。 皆にとって霍という存在は、可愛くて弄り甲斐のある普通の女の子なんだ。 そしてそれはきっと、これからも変わらないだろう―― 「――霍ちゃんはこの後お買い物するんだったよね?」 「あ…………うん、そう……」 「では、私達は一足先に寮に戻りますわ」 「ばいばいですー!」 「ん、じゃ、じゃあね…………ばひばひ……」 「……あふぅ」 放課後にお茶とかしちゃったよ。 なんか……普通に友達みたいだったな。 「………………ふ、ふへへ」 た、楽しかったし……。 いいな……こういうの。 「……買い物はまた今度にして…… そのまま皆と一緒に帰ればよかったかも」 誰かともっと長い時間一緒にいたいって思ったの、いつ以来かな……。 こんな感じで毎日皆と一緒に過ごしたら……あたし、素直になれるかな。 立派な大人になって……あの子達の目標になれるかな。 「うん、頑張ろ…………」 「……ん?」 あっちから誰かの声が聞こえてきたような……。 「へっへっへっ……! ほらぁ……さっさとしろよぉ。 大人しくあたしらの言う事聞いたら何もしないで あげるからさぁ……」 「うちら四人もいるからさぁ、この後もいっぱい 巻き上げないと遊ぶ金足んねーんだよ。 だからほら、早く出せ」 「だ、出せって……その……あの……」 「あれぇ、あんた状況わかってないのぉ? 今カツアゲされてんだよぉ?」 「ひっひっひっ……って事でぇ……」 「有り金全部よこせって言ってんだよぉ、おらぁっ!」 「きゃっ……!」 あたしほどの身長の女の子が、なんだか悪そうな女の子四人に囲まれて、追い詰められている。 えっと……なにこの状況? 「……ん? あ、姉御……そこ……」 「ふぇ…………」 悪そうなヤツの一人と目が合った。 「おいこらてめえ、何見てんだよ」 「ち……見られちまったならしょうがねえ。 あんた達、そいつも捕まえな!」 「へい、姉御っ」 不良の二人があたしの方へと歩いてくる。 捕まえるって……何のために……? 「へへへっ、ひひひひっ……! ま、ちょうどよかったぜ……! お次の獲物を探す手間が省けたってわけだぁ……」 「たいして金持ってるようには見えねえけど……。 でも弱そうだからな、手っ取り早く終わりそうだぜぇ」 「ちょ……っと……なに、なんなの……」 お金……? えっと……そこの女の子が不良にカツアゲされてて……。 それをたまたま目撃したあたしも、同じように絡まれてるって事……? 「ひえっ……ちょ、や、やめて……!」 「おら、暴れんなって……。 抵抗すると酷い事しちゃうぞぉ……?」 「ひひひぃ……今さら逃げらんねーって……。 観念して財布出しなぁっ……!」 「な、なんであたしがあんたらにお金あげなきゃ いけないのぉ……!? そんなのやだしっ……!」 「おいそっちのヤツ! あたしらの言う通りにしねーなら この女、殴っちまうぞぉ……?」 「ひぃっ……!」 ええっ……何それ、超悪い……! この人達……本物の不良だ……しかも極悪なタイプ……! 「や、やだ……助けて……!」 「ひひひっ、無駄だ……泣いたところで 許してなんかやんねーよっ、ひっひっひっ!」 「サツに言うんじゃねえぞ……言ったらどうなるか、 今からたぁぁっぷりその身体に教えてやるぜぇ……! げっひっひぃ……!」 「いやぁっ……いやぁっ……!!」 「………………」 あたしが目指してたのって……こんな人達だったのかな……。 確かにこの人達は悪くて……怖いけど……。 あたしがもしこの人達みたいになったら、弟や妹を守ることが出来る……? 家族に……胸を張れる?あの子達はあたしの事、自慢のお姉ちゃんって言ってくれる? あたしが本当に目指すべきなのは―― 「弱い人間を守るために、不良の悪さや怖さはいらない」 「そういった連中に負けないくらいの勇気を持った 立派な心さえあればいいんだ」 「なんだこらーっ! やるかーっ!?」 「うおっ!? な、なな、なんだこいつ急に……」 「お前らなんて全然怖くないし! そういう不良全然憧れないし!」 「あたしはもうお前らみたいな不良は目指さないもんねっ! 家族を胸張って守れるような、立派な人間になるのっ!」 「ふ、ふんっ! いきなり何粋がってんだよっ! どうせ何も出来やしねーくせにっ!」 「そうだよぉっ、あんたおめえみてーな弱っちいヤツに、 あたしらが負けるわけねーだろっ!」 「勝ち負けじゃなくって……あたしは、大切な人を 守るために、勇気を出すだけだもんっ!」 「おい、そんなザコさっさと黙らせろって! これ以上誰かに見つかると面倒だろっ!」 「殴ったってかまわねえっ、無理矢理財布奪うんだよっ! やっちまいなっ!」 「へ、へい姉御っ! おら、金出しなっ!」 「や……だっ、やめろぉっ!」 暴力はしたくないし、そもそもそんな事をする力は無いし。 でも、こいつらの言う通りになるのはもっと嫌だ。 ここで屈したら、きっとあたしは家族を守れない。これから先ずっと、大切な人を守れない。 そんな気がする。だから意地でも抗うんだ。 「ち、ちくしょ……! こいつ、カバン抱え込みやがって……!」 「このカバンの中に財布があるって事だろっ! おら、殴られたくなかったらカバンごとよこしなっ!」 「誰が……そんな事するもんかっ……!」 殴られるのは怖くない。 こんな不良なんて、あたし怖くないもん……! 「おいこら、くそっ、無駄な抵抗すんなってっ……! ぐぬぬぬぬ……」 「やめれ~~~~っ……!!」 「ちくしょっ……ん? あ、あれ……もしかしてこれって……」 「お、おいっ! これっ! このバッジ……!」 「ああっ!? んだよ、今それどころじゃ…………。 ――って、ひいっ!?」 一瞬で、あたしからカバンを奪い取ろうとする不良達の力が止まった。 「あ、姉御っ! 大変ですっ……! あいつがカバンに付けてるあのバッジ……!」 「バッジぃ……!? それがいったいなんだって――」 「――あ、あひいっ……!? あ、あれは……!」 何だろう……? あたしのカバンを見てざわついてる。 「ひ、ひぃ……! う、嘘だろ……!? あれは……ひ、ひっ……あのバッジは……!」 「伝説の不良グループ“《めがろまにあ》愛我郎魔睨悪”のバッジ……!」 「…………へ?」 不良達が目を見開いたまま一斉に尻もちをついた。 「愛我郎魔睨悪っつったら……物凄いスピードで関東を 統一した……あの超極悪グループじゃねえかっ……!」 「し、しかもそのバッジは、グループの中でも幹部連中 しか渡されるのを許されない悪の勲章……!」 「こ、こんな弱そうなヤツがなんでんなもん 持ってんだよぉ……ひぃ、ひぃぃ……」 「わ、わかんねえけどっ……こいつが愛我郎魔睨悪の 幹部だって事か……もしくは、その幹部をぶっ倒して バッジを奪い取ったか……」 「ば、ばばば、バカ言うんじゃねえっ! 生半可なワルは幹部になんかなれねえんだぞっ!?」 「相当ヤバい悪行やりまくって……しかも喧嘩もアホ みたいに強くないと幹部になれないハズ……。プロ レスラー十人相手でも余裕で勝てるレベルって噂だぞ?」 「お、おいてめえっ! もしかしてマジで 愛我郎魔睨悪の幹部なのかよっ……!?」 「ちょ、マズいって……本物の幹部だったら その聞き方は……」 「か、幹部……なのですか……?」 「……? さっきから何言ってるか よくわかんないんだけど……」 「ほ、ほら見ろっ、やっぱり違うじゃねーかっ! そもそもこんな島に幹部なんかいるわけ……」 「で、でもぉ、じゃあなんでバッジ持ってんだよっ! あれ本物だぞっ!?」 「ひっ……じゃあやっぱり……この女……!」 「………………?」 「や、ヤベえっ! どうしよう……あたしさっき カバン引っ張る時ちょっと肘で突いちゃったよぉ……!」 「あ、あたしも……! 勢いでバッジちょっと触っちゃったかも……」 「お、おい、それマズいって! 関係ないヤツが バッジに触れるのは愛我郎魔睨悪の御法度だぞっ!?」 「しかも……あそこって、団員に少しでも手出ししたら、 グループの人間が全員で仕返しにくるっていう……」 「ひ……ひっ、ひぃっ……! 嘘ぉ……ひぇぇぇぇぇ……」 「あっ……ひっ、愛我郎魔睨悪の連中相手だなんて…… そんなの……命がいくらあっても足りねえよぉ…… あひぃ……」 「だ、だじげでぇ~~~~~~~っっ!! ひいっ、ひいいいっ、あひいいいいいっっ!!」 「命だけはお助けを~~~~~っっ!! 生意気言ってすんませんでしたぁ~~~~~っ!!」 「あ、逃げた」 なんだろう、物凄くあたしに怯えていたような……。 もしかして……自分でも気付かないうちに、これまでの不良訓練の成果が出ちゃってるって事? 「て、てて、てめえっ……! い、いくらあの愛我郎魔睨悪の幹部だからって…… ああ、あたしにかか敵うとでも思ってんのかぁ!?」 「姉御っ、相手はマジでヤバいヤツですよっ!? 歯向かっちゃダメですってっ!」 「ふ、ふんっ! あたしだってそれなりのワルなんだっ! び、びび、ビビって尻尾捲いて逃げ出すなんて無様な マネ……で、できるかってんだっ!」 だったら……えっと……怖そうに見せるためには……。 「武器で相手を脅すといいかも! 霍ちゃん、何か武器持ってる?」 「え、武器っ!? えっと……あ、カバンっ!」 「ふんっ!」 「ひいっ! ば、バッジを見せつけてきたぁっ!」 「こ、こここ、怖過ぎるぅっ! あひぃ~~っ!」 「んー、やっぱ相手を睨みつけるとか? ギラギラした目つきってなんか悪そうだよね」 「くわっ!」 「なんか変な目つきで睨んでやがるぅっ!」 「やる気満々だっ、ひ、ひぃ、殺されるぅ、ひええっ!!」 おお、予想以上に怖がってる! やっぱあたしって見た目だけで相手を威嚇させる才能あるのかな。 「あ、ああ、あたしは関係無いですっ! あたしはなんもしてないですからねっ! あたしは悪くないぃ~~~っ!」 「だから許してくださいい~~~~っっ!! 見逃してぇぇぇっ、ごべんだざい~~っ!! あっひいいいい~~~~~~っっ!!」 「お、おい、ちょ……!」 「あ、もう一人逃げた」 「ひ、一人にしないでぇ……」 最後の一人……すっかり怯えちゃってるよ。 あたし、そんなに怖く見えるのかな。 「やいやいっ! あたし怖いんだぞ! やるかーっ!? おらーっ!」 「ひ、ひいっ!」 なんか今日のあたし、調子いいかも……! 「きょ、今日はこれくらいで勘弁してやるからなっ……! ちくしょう、覚えてろっ!」 「くわっ!」 「ひぃっ!? ひっ、ひっ、ひっ、ひっ……」 「ひ~んっ、やっぱ怖いよ~~~っ! あたしも逃げる~~っ! 助けて助けて助けて~~っ!」 「や、やった……!」 完璧だ……完璧過ぎだよ……! まさかこんなに上手くいくなんて……!不良を相手に……このあたしが……! 今まで頑張って特訓してきてよかった……!! 「あ、あの、助けてくださってありがとうございますっ」 「ふぇ? あ、えっと……まあ、うん。どういたしまして」 なんかあんまり実感無いけど……。でも、一応あたしがあの不良達を追っ払ったんだよね。 「そ、その……あなたも……不良なんですか?」 「あは、やっぱそう見える?」 「そう見えるといか……あの人達があなたの事 極悪だって怯えてたから……」 「あー……えっとね……」 ……不良。 あたしが憧れてた、不良。 それは、普通の不良じゃなくって―― 「――あたしはね、正義の不良なの」 「正義の……不良?」 「そう。今だけね」 「――って事で夢が叶ったよ!」 「ふーん」 「なんでリアクション薄いのー」 「いや……だってさ」 極上のにこやか顔で俺の部屋を訪れるなり、何を言うかと思えば……。 霍が不良をビビらせて退治しただって?そんなの出来るわけがない。何かの間違いに決まってる。 ま……本人が喜んでるんだから、それでいいけどさ。何も知らない俺が水を差すべきじゃないか。 「悪い不良を怖がらせて退治したんだよ。 女の子を助けてあげたの」 「……そっか。やったじゃないか」 「うんっ。これでもう心残りはないよぉ……」 ふにゃっと笑いながら呟かれた彼女の言葉を、俺はなんとなく反芻してしまった。 不良になるなとアドバイスしたのは俺だ。 霍は正義の不良として、悪い不良を成敗したいと言っていた。不良を諦めたら叶わない願望だ。 それがたまたま成就したのだから、心置きなく不良の道から足を洗えるというもの。 「はいよ、粗茶ですが」 「あ、ども」 「……で、これからどうするんだ?」 「うん……ずずず……ぷふぅ。 あんたに言われた通り、立派な人間ってのを目指して みようかな。家族を守れる勇気を持った人間になるの」 もうなれていると思う。 不器用なりに弟妹を思い遣って、強くなろうとして。 その優しい心がもうすでに立派なんだ。きっと弟妹にも尊敬されるに違いない。 「ねえ、期招来。あたしどうすれば立派な人間に なれるかな? また色々教えてよぅ」 「俺がお前から教わりたいくらいだよ。 俺もお前みたいに優しい人間になりたいもんだ」 「んー? なんの話ー?」 無理して悪ぶってたけど、皆から受け入れられていて。素直じゃないけど本当は家族思いで。 いい子じゃないか。迷いはない。 「あんたがさ、前に屋上で教えてくれたでしょ? どうすれば不良になれるかって」 「あれはもう必要無くなっちゃったけど……。 今度は立派な人間になるためのアドバイスしてよ。 あたし、結構あんたの事頼りにしてんだよ?」 「霍、ごめんな」 「へ……? 何急に」 「恋人でもない男とエッチするような女は悪い子だ っていう理由でフェラしたんだよな?」 「え……あ、あの時の話? それは……うん。まあそうだね」 「俺は霍を止めるべきだった。悪い子にならないように、 無理矢理でもフェラを中断させるべきだったんだ」 「でも最後までしちゃったよ。気持ち良かったんだ」 「べ、別に……あんたが止める必要は無いって……。 あたしがやり始めた事なんだし……」 「霍が悪い事してるつもりになってるのを知りつつ、 俺はフェラを止められなかった。お前フェラ上手 だな」 「うひぃ……ど、どうも……」 「あの一連の出来事を、“悪い事”に分類するのは 無しにしよう」 「……はい?」 「フェラ自体が悪行なんじゃない。恋人じゃない男と 簡単にエッチな事するのが悪い事なんだ」 「恋人になってくれ、霍」 「ふひ!?」 「責任取るよ。お前はいい子だ。悪い事なんてしてない。 俺がお前に悪い事させたのであれば、俺が責任取る」 「お前が咥えたのは恋人のちんこだ。彼女が彼氏の ちんこ咥えるなんておかしな話じゃない。悪くない」 「お前が大切な人をしっかり思い遣るみたいに、 俺も霍をしっかり思い遣るつもりだよ。 この告白はその責任の一つと思ってくれていい」 「な、なんだよぅ……! 恋人なんて……いきなし言われてもぉ……」 「これからは俺が霍を支えるよ。 まあ、霍はもうすでに十分立派な人間だと思うけどな」 「あ……たし……は……」 「……返事は?」 「………………」 「…………困るよぅ」 その言葉は、痛くも痒くもない。 「さっき飲ませたお茶に、正直になる薬が入ってるんだ。 そろそろ効果が現れる時間だな」 「ひぃんっ、ずるいよぅ!」 「5、4、3……」 「嫌い嫌いっ、あんたの事なんて大っ嫌いっ! すごくうざったくって毎日困ってたっ!」 「やっぱあたしは一人がいいっ、友達も恋人もいらない! そういうの全部めんどくさい! 一人にしてっ! ほっといてっ!」 「2、1……」 「あたしがいやがってるってどうしてわかんないのっ!? あんたと一緒にいてもこれっぽっちも楽しくないもん!」 「……ゼロ」 「――全部嘘じゃぼけえっ!!」 「――霍。俺の恋人になってくれ」 「う…………ひぃん……」 「俺も霍の隣で、立派な人間を目指す。 お互い頑張ろう」 「あふっ……ひぃ……んっ、くぅぅ~~……」 「一緒に遊ぼう。一緒にご飯食べよう。一緒に過ごそう。 一人にさせないから」 「ふぃぃ……くっひっ、おひぃ~~ん…………」 「……って事だ。霍、返事は?」 「……う、嬉しい……よ。ありがと……。 あたしも……あんたとずっと一緒にいたい……かも」 「……恋人かぁ。素敵、だね……。 恥ずいし……どうしていいかわかんないけど……。 お胸が……ポカポカするよぉ……」 「あたしまだ立派な人間じゃないし……立派な彼女でも ないけど……でも、仲良くしてくれるなら嬉しいな……」 「期招来ぃ……こんなあたしにそう言ってくれて…… ありがとねぇ……ふへへぇ」 「あ、薬の効き目が切れる時間だ」 「――っていうのも全部嘘ぉっ!  …………じゃなくて……やっぱホント」 わかってる。本当に、十分過ぎるよ。 「霍、こっち来いよ」 今度は悪い事じゃないぞ。 むしろ良い事だ。 恋人として、お互いの全てを伝え合うための尊い行為として―― 今一度、二人で熱を感じ合おう―― 「なんで裸なのぉ……」 「エッチするためだ」 「あたしもう悪い事止めたんだよ……?」 「知ってるよ。“だから”セックスするんだ」 霍とこんな関係になるなんて夢にも思わなかったが……。 今は心から彼女を受け入れているし、求めている。こうなるのがまるで必然だったかのように。 「リボン……なんでぇ……?」 服と一緒に、ついでにリボンも外してみた。 するりと流れ落ちた髪が、少しだけ色気を見せている。 「ちょっと大人っぽいじゃんか」 「え? 不良っぽい?」 都合のいい聴力だな。 「よし、まずは尻見せろ。蒙古斑探してやる」 「んなもんないし!」 「心の準備は出来てるか?」 「うう……痛いって聞いた事あるから…… ちょっと、怖いかも……」 「不良を撃退するくらいの怖いものなしのお前なら 大丈夫だよ」 「そ、そっかな……へへ」 「優しくするから」 「…………ぅん」 「ふひ~~~~~~~~~~~~~っっ……!!」 威圧のかけらもない、情けないその嬌声がいかにも霍らしい。 「痛いんだけどおっ! ひえっ、ちょ……くふうっ!! ちゃんと優しくしてるぅ!?」 「出来る限りゆっくり入れてるよ……!」 「お、おちんちん太過ぎだよぉ……んぐひっ……! かなり……キツい……んっ、はっふっ、ひっ……!」 「もうちょっと勃起抑え目に出来ないのぉっ……!? おちんちん……小さくするなり、柔らかくするなり してよぉっ……!」 「そんな状態だと、そもそも挿入出来ないって……!」 確かに霍の言葉通り、彼女の膣内は俺の今のペニス状態と比べるとかなり窮屈だ。 その膣圧こそ、気持ちいいと言える。もっと深くで堪能したいところだが……。 「ふえぇぇっ、ひえぇぇっ……くうっ、んっぐううっ!! おちんちんもっと萎ませてぇっ……!」 「悪いがそりゃ無理だ……」 むしろ大きくなる一方。 「うひっ、ひゃっ……んっ、くっふっ……! ふえぇっ……あっ、はっ、勃起大き過ぎるよぉっ! んくぅ……おちんちんキツいってぇっ……!」 「落ち着け霍……とりあえず全部入ったから……! これ以上痛くなる事は無い」 「ふぇ……ホントぉ……?」 「……多分」 「もうちょっと優しくしてよぉぉっ……! あたし処女なんだよぉっ……!?」 にわかわだな、ホント。 「こうして繋がって……その感想は痛いだけか?」 「うぇぇぇ……? ん……嬉しいよ。そっちの方が強い」 「はふぅ、ん……あたしも……期招来の事いいなって 思ってたし……。さっき言ったけど……優しいもん」 「にわかわー!」 「ああん、ちょぉっ、にわかわ言うなーっ! 今にわかわ言いながらおちんちんびくーって させたでしょぉっ! わかるんだからねっ!」 「動かしていい?」 「ん……ゆっくりだぞぉ……?」 わかってる。恋人の身体だ。大切にしたい。 霍に倣って、優しくするんだ。 「んっ……はふぅ、くっ…………んっ……!」 「動かすって……おちんちん、出し入れする って事なのぉ……? あっ、ふひぃっ……」 「こうすると気持ちいいんだ」 「んんんっ……あぁっ、くうぅん……そ、そうなんだ、 あふっ、んっ、でも……それちょっとわかるかも……」 「あたしも……おまんこ気持ちいいもん……。 さっきまで痛かったのにな……。おちんちんで ゴシゴシするそれ……なんか気持ちいいねぇ……」 「だったら遠慮なく気持ち良くなってくれ」 挿入の痛みに慣れ、抽送の刺激を気に入ってくれたみたいだ。 少しずつ速度を上げていこう。お互いがもっと気持ち良くなれるように。 「んっ……ふひぃんっ……セックス……あっ、んっ、 思った以上に……んんっ、くうぅん、気持ちいい、 かも……はっ……ふひぃ」 「おまんこ、んっ、まだちょっと痛むけど……くひっ、 それよりも……気持ちいいのが……強くなってきて、 あっ、あっ……ふっ、あぁんっ……!」 少しずつ、霍の顔が蕩けていく。 応じて、声もより大きく、より淫らに彩られていく。 「はぁっ……はぁっ……俺も気持ちいいよっ……!」 「んっ、んんっ、くひっ……あっ、んっ……! う、うん……はふっ、あぁぁんっ……!」 彼女の可愛らしい嬌声が、俺のピストンを後押ししてくれる。 もっと感じさせてあげたい。もっと善がらせてあげたい。もっとエッチに喘がせてあげたい。 自分の快楽だけでなく、そんな霍への欲望を帯びながら、どんどんと腰遣いが加速していく。 「きゃっふっ、あっ、んっ、おちんちん、あっ、ふひっ! おちんちん、いいっ、よっ、あたしこれ好き、かもっ、 あっ、あっ……んっ、ああぁんっ……!」 それは霍も同じのようで、俺の腰の運動に合わせて彼女も積極的に腰を動かしてくれている。 「あっ、んっふっ、ひっ、あっ、ふえっ、ひゃひっ! おちんちん、奥のとこに当たると、おまんこズキズキ するんだけどね、それが良くってね……」 「んんっ、ふはぁっ、あたし、腰動かしちゃうのっ……! んひあっ、おまんこ、もっと熱くさせたいんだよぅっ、 あっ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ…………」 さすがにこの状況では、強がったり出来ないようだ。霍は素直に性の快楽を堪能し、溺れてくれている。 「くぅっ……んっ、なんか、お、おちんちんもかなり 熱くなってきたよ……? 勃起もさっきよりしてる んじゃないのこれ……? あっ、うっ、ひあっ……」 「ああ……! 霍のおかげで、かなり気持ちいいんだっ」 「そ、そっか……んっ、ひゃぁっ、んっ、あたし、 別に何もやってないけど……んっ、くふうっ……」 そんな事は無い。挿入の痛みに耐えてくれたし、今もこうして腰を動かしてくれているし。 「ふうっ、んっ、あっ……ふぅ……! 勃起、気持ちいいねっ、あっ、んっ、最初は大きくって 痛いだけだったけど……今は勃起が気持ちいいっ……」 「勃起したおちんちんでグリグリ奥の方ほじられると、 おまんこがきゅーってなって……んっ、熱くなるぅ、 あっ、んっ……んんっ……」 「ここか……?」 腰を大きく突き入れて、最奥をノックする。 「あっふうっ、あっ、んっ、んひいいっ!! ああんっ! んっ、んっ、んんんんっ!!」 すると霍は明らかにそれまでと違った喘ぎ声で反応を示した。 「そこぉ、そこ、あたし好き……んっ、そこおちんちんで ごっしごっしってして欲しい……はふっ、ふへぇっ」 「任せとけっ……!」 「んんっ! んっ、んっ、んっ、んっ、んっ……!! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ!!」 要望通りに腰を往復させると、そのリズムに合わせて霍が可愛らしく悶える。 それが心地良くて、俺はさらに腰を大胆に動かして、子宮口を亀頭で叩き続けた。 「あぁっ! あぁっ! あぁっ! あぁっ! あぁっ! 気持ちいいっ、気持ちいいよっ! あっ、あっ、あっ! あぁんっ! あぁんっ! あぁんっ! あぁんっ!!」 「それいっぱいされると、あ、あたし、ひっ、あっひっ! もう、おまんこ我慢出来なくなるっ、あ、あ、あ、あっ、 熱くなり過ぎて……もう、あっ、イキそうになるぅ!!」 「だったらイっていいぞ……! 俺もそろそろ限界なんだ……!」 「一緒にイク……!? んっ、あたし達……んっ、 一緒に……ぁっ、んっ、はぁぁんっ!!」 「ああ、一緒にイこうっ……!!」 二つの性器が互いに高め合い、最高潮へと昇り詰めていく。 そして、俺達はそのまま頂点へと達した―― 「んっ、イクっ、イっちゃうっ、あっ、あっ、あっ!! やぁっ、イクイクイクっ、おまんこイクよっ、ひっ、 イっちゃうよぉっ、あぁぁっ……!!」 「くっ……っっ!!」 「あっ! あっ! あっ! イクイクイクイクイクイクっ、 あぁあぁぁあぁあっ!! イっっクううううっっ!!!」 「ふああぁぁああああぁあああぁああああぁあっっ!!! あっはぁあぁあぁああぁあああんんんんんんっっ!!!」 一際大きな嬌声と痙攣を伴って、霍は激しく潮を吹き放った。 「あっ、出てるっ、やぁ、お潮ぉっ、あっ、あっ!! おまんこから……あっ、あっ、あっ、ぴゅっぴゅって、 ひっ、あっひっ、出てるよぅっ……ひっ、あひいっ!!」 その快楽は俺も同じで―― 「んんっ!? あ、熱いっ……! おちんちん熱いの 出してるっ、これ、精液っ、んっ、精液じゃんっ!! あっ、あっ、って事は……射精っ……!?」 「俺もイクって言っただろ……!?」 「そうだけど……んっ、自分のおまんこの事で頭が いっぱいだったから……あふあぁっ、んっはぁんっ!」 「精液、ひっ、おまんこの中に出されると……あっ、あっ、 こ、こんなに、んっ、熱いんだ……! フェラの時に 精液の熱さ感じたけど……おまんこだとまた違う……!」 その熱もまた快感の一材だろう。 最後の一滴までしっかり放出し、霍の膣内を精熱で満たしていく。 「んっ、はふっ、おちんちん……震えてるっ……! あたしのおまんこも震えてるけど……おちんちん、 震えながら熱いのまだ出してる……!」 「射精……おまんこの中でも……すごいビクビクしてる、 はふっ、おまんこのお肉で押さえ付けらんないよぅ……! おちんちん……暴れてるみたいぃ……!」 霍の中でたっぷりと射精を繰り返し、ようやくその痙攣が和らいでいく。 「はぁ……はぁ……あ、射精終わった……?」 「はぁ……はぁ……だいぶ落ち着いた」 「あたしもおまんこ落ち着いたよぉ……♪ ――っていうか中出ししちゃったじゃんかぁ、バカぁ!」 「……まずかったか?」 「んっ、はふぅ……い、いいけどさぁ……んっ、 気持ち良かったし……ふひぃ」 「俺も気持ち良かったよ。ありがとな、霍」 「んんん…………あたしも……セックス、 気持ち良かったし、楽しかったけど……」 「……けど?」 「恥ずかったぁ……!」 それは知っている。行為中ずっと顔真っ赤だったからな。 「………………」 「……ずびし、ずびし」 「うお、なんだ!?」 いきなり起き上がって、俺のちんこを突き始める霍。 「……ちー」 「は……ちー?」 「でゅくしっ、でゅくしっ!」 「おい霍っ……急になんだ……!?」 「………………」 「…………へへへ」 「……へへへへへぇ♪ ふへへへへぇぇ……♪」 人差し指と中指の先端でペニスをツンツンしながら、柔らかく笑っている。 何が楽しいというのか。まったく、彼氏のちんこなんだから大切に扱ってほしいもんだ―― 「――さて、と」 朝の身支度を終え、一息つく。 「時間は……ちょっと早いけど、もう出ようかな」 ……霍は、どうしてるだろうか。 昨夜、あの後部屋に戻って……彼女はぐっすり眠れただろうか。 帰り際に“ヒリヒリする……”と呟いていたっけ。 破瓜の痛みが早く薄れてくれればいいけど。 「……ん?」 ノック? 誰だろう。 もしかして……霍? 昨夜何か忘れ物でもして、それを取りに来たとか? それとも……一緒に登校しに来たとか? 恋人だしそれはおかしくない。むしろ当然かもしれない。 でも……霍に限ってそんな事ないだろうな。 あいつはそういうイチャイチャした付き合いは恥ずかしがって遠慮しそうな性格だ。 「今開けまーす」 とりあえず扉を開けると―― 「…………あれ?」 そこに霍はいなかった。 というか、誰もいなかった。 「おかしいな。確かにノックの音が 聞こえたはずなんだけど……」 誰かの悪戯だろうか。 「………………」 だとしたら―― 「……これも……悪戯か?」 部屋の扉の前にポツンと置かれた、黒い箱。 こいつがノックした正体だと言わんばかりじゃないか。 「誰かがここに置いたのか……?」 置き忘れたにしては堂々と鎮座しているな。 まるで俺にその存在を主張しているかのようだ。 「………………」 周囲を見回しても、誰もいない。 それはそれで珍しい。登校時間だぞ? 誰か一人くらい部屋を出てEDENに向かおうとしている生徒がいてもおかしくないはずだ。 なんか……やけに静かじゃないか。 世界に自分一人だけが取り残されたような……そんな孤独感が強調されている気がする。 「変な感じだな…………」 朝だというのに、世界が暗い。 その暗さは、全てこの箱の黒が司っている。 周囲の色彩や物音などを全て吸収するブラックホール。 そんな錯覚に、俺の手は伸びていく。 箱の引力に、引き寄せられる―― 「開いた……」 鍵はかかっていなかった。 なぜ俺はこの怪しげな箱に手を伸ばし、躊躇なく蓋を開けたのか。 頭の片隅に置き去りにしたその理由を必死に探しながら、俺は箱の中身と対面した。 「う…………おぉっ……!!」 最初、“これ”が何なのかよくわからなかった。 しかしすぐに脳が働き、“これ”を常識的に判別した。 同時に、感想が湧き起こる。 不思議……とか、どうして……とか。 そういうのよりも。 嫌悪―― 「髪の毛っ…………!!」 大量の、誰かの、髪の毛っ…………!! 「う、うわあっ……!!」 気味が悪い……! なんでそんなものが、箱の中にどっさりと……!? 「なんだよこれ、なんで……!? は……!?」 疑問はいくらでも口に出せる。 しかし、心が追いつかない。 気持ち悪いという感情が固定されて、口がいくら謎を言及したところで、建設的な解明案を一切絞り出せずにいる。 誰かの髪の毛がこんなにも一点に集まって……乱雑に箱に収納されて……。 気持ち悪いじゃないか、こんなもの――! 「……っ!?」 背後から、足音。 嫌な予感がして、急いで振り返ると―― 「は――?」 なんかもう―― わからない事だらけだ―― 「――那由太?」 「……ん?」 「どうした? ボーっとして」 「いや、あのさ。一つ思ったんだけど……」 「……腹、減らないか?」 「お…………!?」 「俺、さっきからずっと、すっごく腹減ってるんだが」 「わかるー! それわかるよー!」 「後片付け頑張ったから……お腹空いちゃったよね」 「正直いつその話題を切り出してくるか待ち侘びてたよ」 「もうすっかり夕飯時ですからねー! そりゃ腹の一つや二つ、減るってもんですよ」 「でしたら、この後皆さんでお食事に行きましょうか?」 「それ賛成ですっ!」 「わーい、打ち上げだー!」 「歓迎会の打ち上げって事?」 「歓迎会の片付けの打ち上げー」 「何よそれ……」 「皆でご飯か……アリだな」 「那由太。店の予約」 「え? 俺が?」 「言い出しっぺじゃない」 「そうだけど……予約なんて必要かな」 「この人数で行くとなると、事前にお店に通達して おいた方がよろしいかと思いますよ」 「そりゃそうか……結構な人数だもんな。 ええっと……全部で……」 「――13人か。いつものメンバーだな」 「おい、俺も数に入ってんじゃねーだろうなぁ!?」 「いいじゃない。“いつものメンバー”よ」 「ぐっ……!」 「いつもの……メンバー……」 いつものメンバーという言葉は、端的に言えば―― 仲間―― EDENが楽園と呼ばれるのは。 この島に天使が溢れているのは。 そう言った理由からかもしれない。 色んなヤツがいて、それぞれの人生があって。 でもこうして交わった際に仲間となれるのは。 俺達が天使で、ここが楽園だからなのだろう――